来たのは暗黒
ワタシはね、とサオリは切り出す。
「多分、あの中で何回も生まれて、何回も消えていたんだと思う。だから毎回、上戸さん?いや、エイトのお父さんを見るたびに初めての気持ちになって、それをまた忘れていた」
サオリはあの培養液の中で、性格の調整をされていた。身体は早期に完成していたが、兵器たる人格に仕立てるのに難航していることが地下室のテーブルにあったノートに記されていた。
崎下が上戸だった時には、命令に従順で、それ以外のことを考えない人間兵器にすることを目標としていた。だが創り出される人格はどれも何故か好奇心の高い幼子のようで、基準を満たす兵器にはできなかったようだ。記憶消去を受け崎下となると、彼はサオリを隠すことを決意した。
そして、人間らしい人格であるサオリを貯水槽の中に留めようとしていた。
だが、サオリは確かに今のような人格を持ってはいるが、ある種の記憶障害があった。
ほぼ毎日様子を見に来ても、サオリはいつも初めて見るような表情で崎下のことを見ていたらしい。
追記で、サオリは寝ていることも多かったと記されていた。
「エイトと会って<約束>してから、ちゃんと色々覚えていられるようになったし、色々思い出したんだけどね」
肩をすくめて笑うサオリは、どこか哀愁の漂う雰囲気を醸し出していた。
発見して培養液から出した際、確かにサオリは<約束>をするまで言葉の理解も曖昧だった。
<約束>に関しては、未だに分からないことが多い。だがそれをすることで、サオリは著しく成長し、一時的にオリジナルである白藤の精神に近づく。
「でも、それも解けてしまう気がするの」
「解ける…?」
サオリは話すのをやめて、『ごめんね』と呟いたきり黙ってしまった。
詠斗にはサオリが指している言葉に踏み込めないでいた。
サオリは恐らく、これから悪い方向に状況が変わっていくことに勘付いているのだろう。
「みーつけた☆」
身体がざわつくほど、一度聞いたら忘れられない声と威圧感。
「貴方たちは…一度お会いしましたねえ…」
捻じ曲がった木々が、瞬時におがくずになるように朽ちていく。
現れたのは、クローデルと街で出会った玄森という男だった。
「この前隠れていた子はその子だったのね☆」
「…クローデル」
「もう、ウルシ君は相変わらずお堅い人だね!この前会えなかったから、見れて嬉しいだけ☆」
相変わらず目が笑っておらず、口だけがペラペラと回るクローデルと、詠斗とサオリを見下すように一瞥する玄森。目的は言わずもがな、サオリだろう。
「一応お聞きしますが…何か御用ですか?この場所には基本的に上陸の許可が下りていないはずですが」
詠斗が静かにそう問いかけると、クローデルはニッコリと黒く嗤うのだった。