少しずつ変わるのかな
全部ここまでの考察は全てメモリーキューブの情報と極秘書庫で閲覧したものを元にしたものだ。
誤差はあるかもしれないが、この島でみた光景を加味するとあながち嘘の記録ではないだろうと詠斗は思っていた。
「ここにあったのは、未練?ってやつなのかな。ワタシは最初、不器用なココロだと思っていたけど。本当は、何もできなかった悔しさとかなのかなって思った」
サオリがポツリと呟いた。
自分がサオリの粒子以外にも感じ取っていたもの。それは湯神と崎下の思いだったのだろうかと。
「未練というより、結果に対する後悔でしょう。ああしていればよかった、こうすればよかった。父も彼も、他にできることがあったことは自覚しているんですから」
歪な感情や未成熟な精神のすれ違いが招いたものだ、と詠斗は冷淡ぎみに言う。
そしてそれは、きっと自分もそうなのだと付け加えた。
「エイトも、未熟なの?」
サオリはそんなことないのに、と言いたそうな顔で詠斗に問いかけた。
「僕は人間味のない人種ですからね。世の中の人と違う事に特に何も思わないし、そもそも人に興味もなかったので。だけど、『普通の人』から見れば、僕は未成熟な精神と思われていたんでしょう」
世の中の事にも、周りの人にも、自分のことにも思いを馳せることは皆無だった。
物心ついたときから詠斗の中にあったのは本能的に興味を示す実験やその基礎知識への知識欲だけで、あとは真っ白い新品のテーブルクロスのように何もなかった。
幼少期に過ごした部屋の風景ですら殆ど覚えていない。
覚えるとすれば強い衝撃を受けた時だけだが、それも殆どないことだった。
今でもしっかりと人の顔を記憶に結びつけられるのは崎下と黄瀬、サオリくらいだ。
桜井のことすら、ぼんやりとしか思い出せない。
崎下と会ったときのことが、一番記憶に残っている。
『君を迎えに来た』と言った崎下の優し気な表情は、今でも忘れられない。
実験で生まれてきた自分を引き取った崎下の表情はとても穏やかだったが、雰囲気が複雑な印象を受けた。負も正も、全部一緒くたにしてかき混ぜたような、そんな雰囲気だった。
その中に、強烈な知性を感じ取った。
『この人なら、自分と対等に話してくれるのかもしれない』と詠斗は確信したのだ。
実際、引き取られてからも詠斗の質問や会話には真剣に向き合ってくれた。
施設では頭はいいが意味不明なことを言う少年とされ放置されていた詠斗にとって、初めての父親たりえる存在だった。
「そっか。でも、ワタシも何かが違ったら、そうだったかも」
「そうなんですか?」
サオリは小さく申し訳なさそうに微笑んだ。
「ワタシ、あの中で何回もスーッと自分がいなくなっているような感じがしてたんだ」