準備態勢
キュウシエリアは現在殆どの土地が荒れ果てているが、数十年前まではそれなりに人が住む土地だった。
実は数十年前にも、プレスキーエリア軍が侵攻してきたことがあった。
二ホンエリアとプレスキーエリアは古来よりいがみ合っているのだが、当時プレスキーエリアはまだ大戦の爪痕が消えていなかった。復興も遅れに遅れ、市民のストレスは高まっており、大戦で唯一大きな被害を出さなかった二ホンエリアを敵視し羨む風潮が強くあったという。
その結果『二ホンエリアを陥落させ、領土確保とプライドを保つ』という無謀かつ幼稚な理由を掲げ、彼らはキュウシエリアに上陸した。
ハッキリ言えば烏合の衆同然の彼らに対峙したのは、当時の柳祥子である。
上戸の命令によって彼女と二ホンエリア軍三千人が送り込まれたのだが、実質柳一人で瞬時に味方もろとも全員壊滅したと記録に残っていた。
まず『発狂型』で全員の精神を破壊し、戦闘不能にさせた上で『殺傷型』の刃で切り刻む。
この時の発狂型の威力はストレスカウンターの感情抑制機能を破壊するほどだったらしい。
自分以外の全員が阿鼻叫喚の中、その悲鳴を恍惚として浴びていた映像が残っているが、まさしく狂人という言葉が最適な表情だった。
柳の能力で人のみならず大地に息吹く生命が枯れ果て、人々は生活できなくなりエリアを去った。
今でもキュウシエリアには瘴気が僅かに残っているようで、人間が立ち入ることはできるが植物が生えるまでの回復はしていない。
かつて人が住んでいた建物は手が入らなくなったことで朽ち果て、この数十年の間に瓦礫となって僅かに残るだけだ。
故に、障害物は殆どないといっていい。敵を迎え撃つには打ってつけの場所だった。
桜井が命令どおり、キュウシエリアに作られた軍の拠点に入棟つると、既に能力者たちの準備は完了し、一般兵の列横に立たされていた。
総じて表情はなく、虚空を見ているかのように何もない瞳で整列している様子を一般兵たちが気味悪がっている。
少々粋がっている兵が能力者を小突いたり、下らない暴言を吐いても、能力者はただ立ち上がりまた整列する。あまりの異様さに、一般兵は手出しをするのをやめて彼らに関わらないよう距離を置いたようだ…というのを、指令室にいた跳宰から聞いた。
「一般兵など、数合わせにすぎないでしょう。我々の主力・主役は能力者です」
ンフフ、と跳宰は妖艶に笑う。同期の中でも跳宰は能力に対する執着が特に強い。
開花させることも愉しく、利用することも愉しい、と以前跳宰は答えていたことを思い出し、桜井は恐ろしい女だと身震いした。