心の準備
白藤はスイ・リィエンのことについて話し始める。
彼は二ホンエリアで生まれたが、産後まもなく母親は失踪。父親と共にプレスキーエリアに移住し、軍に入って名をあげとんとん拍子に出世した。
彼は母親を憎みつつ、思慕してもいた。軍に入ったのは、権力を持てばいつかその力で母親を探し出すことができるかもしれないという理由だったようだ。
『今は、その目的も変質してしまったようだけどね』と白藤は哀しそうに笑う。
「話が逸れたね。貴方が聞きたいのは、何で消滅したはずの能力者が居るのかってことよね。二人は、特別なの。私の居た時代とは違う思惑で生まれた存在」
いまいち話が分かりづらいと思っていると、何も話していなかったねと白藤は自分の説明不足を謝った。
「ヤンガジ地区の祠の話、聞いたことある?」
その土地の伝承だったような気がする。大昔に建てられた祠があるが、未だ誰も公式に見つけられないという話だ。
「…本で見たことがあるような」
「その祠にはね、カミサマの依代があるの。そのカミサマは、復活の時を待っているんだけど…。依代本体では収めきれなくて、依代を人間に取り込んでもらうことで完全に復活するの」
その器に選ばれて生まれたのが、スイ・リィエンと桜井拓なのだと言う。
「二人とも、そのことは知らないけどね。でもスイ・リィエンは直感でヤンガジ地区の祠の存在を感知して、捜索しようとしているの。文献も調べて、<未知の力>を手に入れるのが今の彼の目的になっている」
二人がオリジナルの能力者として生まれたのは、神の思惑が絡んでいるということだった。
それ以前…白藤さおりの時代までは、突然変異で誕生した兄弟(賽と審)の因子が隔世遺伝で残っていた。それを白藤の能力で抹消したようだ。
「彼らの遺伝子は、私の系統と同じ<賽>の遺伝子。感情が一度高ぶれば『何にでも転べる遺伝子』なの。二人とも<擬態>の能力を持っている。リィエンの方はちょっと語弊があるか。彼は<何でも真似る>ことができるの」
「なんでも・・・真似る?」
「貴方が水族館でリィエンと会ったとき、甥っ子君が参戦して能力を真似されたのを覚えてる?」
思い返せば、桜井が割り込んで彼を捕縛しようと能力を放った際に、瞬時に能力をモノにしていた。
「…あれが、能力だったんですか」
「そう。一度見たり触れたりしたあらゆる物事をそのまま真似ることができる。それが、彼の能力。合わせて、スイ・リィエンには鍛えぬいた身体能力がある。模倣を昇華する力も彼は備えている」
もしかしたら、桜井司令官には分が悪い相手かもねとサオリは付け加えた。
「スイ・リィエンは直感も優れていて、私の存在も感じ取れるみたい。その子も、どうあがいても巻き込まれてしまう。貴方も心の整理はしていおいてね」
そう言って白藤は再び粒子となって消えていこうとする。
「…」
「お姉ちゃん」
サオリが何かを言いかけるが、もう既に白藤の姿はなかった。