新しい場所の提案
詠斗とサオリが無事であることを理解した黄瀬は、肩で息をしながら『すまなかったね』と頭を下げる。
「まさかクローデルが独断で動くとは思わなかった。防衛観点がハリボテだったよ…」
黄瀬も彼女のことを何か知っているようだ。
「あのクローデルを名乗る女性は…何者ですか。職場では見たことがない人でしたが」
「彼女は50年前の能力者だ。極秘書庫のファイルに名前が載っていたはずだが…ああ、確か柳祥子という本名で載っていたか」
柳祥子という名前を聞いて、記憶をフル回転させる。確かに極秘書庫にあったファイルに名前が載っていた。
「玄森隊員と同じ<復元された能力者>ですか。そういえば、記録に柳祥子は狂気を操るとありましたね。思い出しました」
容姿に関する記載がなかったため、顔が分からなかったのだった。
「この部屋のことはカメラに映っていてね。それで慌ててきたという訳さ。それに…」
黄瀬は顔を曇らせる。
「芹馬高官がサオリさんの存在を確信し、手に入れようとしている。このスペースに居る限り、詠斗君が使ったような対策をしていればまずサオリさんの姿は視認できないだろうけど…普段の記録は残っているからね」
「ですがサオリさんのことはあのスイ・リィエンという男も狙っているのでしょう。どこに行けば…」
逃げ場がない、と詠斗が心中を吐露すると、黄瀬も深く頷く他なかった。
「今は必死に桜井司令官が煙に巻いているのだが、長くは持たないだろう」
そこで黄瀬が提案してきたのは、<ツク孤島群>への移動だった。
「そんな島の名前、聞いたことがないのですが」
「50年前に公式の記録から消された島だからね。湯神震と君の父上が激突した島で、尚且つ白藤さんが<奇跡>を放った場所でもある」
元は流刑地の一つで、能力が強大すぎた湯神を隔離するために使われたらしい。
ストレスカウンターを破壊するほどの衝動を自力で高められるため、この島に湯神一人だけで住まわされていたという。
「上戸司令官は能力を確認するため、当時を生きていた柳祥子と…灰方岬という女性を何度かこの島に送り込んだけど、全て彼女たちの敗北で終わっている。柳を頭部破壊で殺したのも湯神だ。
能力を吸収するために、上戸司令官は島に乗り込んだけどお互いを相殺しあい、二人の決着はつかなかった」
白藤は湯神を刺激する目的でこの島に転送されたが、二人の戦いを身を挺して止め、粒子化して世界中に治癒の粒子を拡散させたということらしい。
「激戦地だった島は、表向きは歪みの能力で地盤が脆弱化して今なお危険地帯であるとして立ち入りを禁止しているんだ、本音は…桜井司令官が『奇跡の地』として触れさせたくないと言われている」
高官も危険区域には立ち入りができない。
今は能力者を配下に加えているが、サオリには勝てないだろうと黄瀬は言った。
「どうする?ここにいるか、その孤島に行くか。どっちになっても、桜井司令官は許可を出している」
「おじさん、その島はどっちにあるの?」
「どっちとは、方角かい?」
「うん」
サオリに聞かれて黄瀬は少し気が軽くなったのか、北西向きに指を指した。