サオリさんの治癒力
「エイト…!」
サオリは部屋の隅から姿を現し、倒れている詠斗の元へ傷口を押さえながら駆け寄った。
「サオリ…さん。貴方も傷が…。僕はもう少しで回復しますから…だから…」
「ううん、ワタシは大丈夫。エイト、じっとしてて…」
そうは言っているが、血の匂いが漂っている。サオリは大丈夫と言っているが、彼女もあの斬撃で深い傷を負っているのだろう。
未だ起き上がれていない詠斗の背に、サオリは右手を翳す。
…温かい。何かに優しく包まれているような心地良さだ。
息苦しさが引いていく。見えなくなっていた視力が戻る。
「サオリさん!」
回復して一番に、詠斗は飛び跳ねるように起きてサオリの安否を確認した。
着ていたシャツが、胸を斜め一刀に切り裂かれている。ここから出血していたのだろうが、既に傷はふさがりかけていた。今は完璧に治癒させようと、傷跡がスウッと消える動きが目に見て取れる。
「よかったあ…エイト…」
サオリは安堵したのか、ポロッと涙を一つこぼして幼子のように笑った。
その表情を見て、詠斗も胸を撫でおろす。
「無事でよかった」
僅かに口元を上げた詠斗を見て、サオリは『エイトもね』と頷いた。
「息苦しさを取ったのは、サオリさんの力ですよね」
「カミサマにお願いしたら、もしかしたら治るかなって思って。ワタシはお姉ちゃんが教えてくれた通りに祈っただけだよ」
「白藤さんが…来てたんですか?」
この空間に、白藤がいるというのだろうか?そういえば、黄瀬はこの空間に白藤の粒子が検出されたと言っていたような気がする。
「ほんの一瞬。お姉ちゃんが直接居たというより、頭の中に考えを教えてくれて、すぐ消えたから思念?みたいなものだと思う。エイトを見て焦ってたら、『大丈夫』って」
ここに在った粒子が、サオリを導いてくれたといったところだろうか。
オリジナルの白藤の能力はやはり並のものではないと心の中で戦慄する。
「あのお姉さんがいたとき、ワタシ頭の中に強く浮かんだことがあるの」
「浮かんだこと、ですか?」
「前にここを学校?にしたときに居た、ボサボサ頭の居眠りしてたお兄ちゃんが泣いてたの。何回もワタシの名前、必死に呼んでた。周りが瓦礫の山だったから、何かあったんだろうけど…。これ、白藤お姉ちゃんの記憶かなあ」
サオリは左右にユラユラと首を揺らして、あれはなんだったのか気になると言う。
「あのお姉さん、すごく嫌な雰囲気だった。なんだろ、人の嫌な思い出を引っ張り出そうとしてた。
でもね、お姉さん本人もどこか辛そうだった」
詠斗が対峙しているときは狂気しか感じなかったが、サオリには何か察知する部分があるのだろうか。
「ここにいて、本当に大丈夫なのかな」
サオリがポツリと呟いた。正直、詠斗もここに籠るのは逃げ道がないと思っている。
「黄瀬さんに、相談してみましょうか。もう少しなんとかならないか」
そんな話をしていると、誰かがこのフロアにやってきた。
さきほどの事もあり身構えていると、現れたのは慌てた表情をした黄瀬だった。