我慢比べ
どうみても二ホン人の顔をしたクローデルを名乗る目の前の女性は、刃を瞬時に分解するように消し、死んだ目つきで詠斗の返事を待っていた。
「こんなところにアナタ一人ってのも妙だしね。何かこの空間にいるんでしょう?そして、アナタはその何かを知っている☆」
後ろ手で手を組み、独特のステップを踏むクローデルは微笑んではいるものの、その背後には隠し切れない狂気を感じる。
「…ここは開発途中の空間なんです。私は様子を見に来ただけですよ」
嘘と真実半々の答えを、あくまで平常心に近い状態で出すとクローデルは首を横にユラユラと傾ける。
「んー、そっか。ここにいるのは間違いないと思うんだけどなあ…」
なんとか誤魔化せたか?と思った矢先、部屋の空気が濁り息苦しくなる。
「そうだ☆本当に何もいないなら、アナタを傷つけてもいいってことになるよね☆」
この女、何を言っているのだろう?そう思っていると再びクローデルは右手に瘴気の刃を作り出す。今度は先ほどよりも鋭利で、細長く大きいものに変わっている。
来る。詠斗は直感した。
「<発狂型>と、<殺傷型>の合わせ、初めて使うのよね☆」
部屋の空気が更に淀む。呼吸をするたびに肺にまとわりつく強い不快感と疲労感。息を吸ってもほとんど酸素を取り込めていないような感覚に近い。
だが、クローデルの挙動から目を離しても死ぬ。意識が続く限り、この女性には細心の注意を払わなければ。
「えい☆」
クローデルは不意打ちをかけたかったようだが、詠斗は微妙な動きから予測を立てているため成立しない。
それでも斬り突きを織り交ぜ怒涛の勢いで刃を振り回すが、詠斗は最小限の動きで全ての攻撃をかわし切った。
「うーん、さっきのはマグレじゃないってことね☆」
殺り甲斐がある、とクローデルは嬉しそうだが先読みは集中力と視覚を酷使する。そろそろ引いてほしいのだが…。
「じゃあ、こっち☆」
また斬撃?そう思ったが、本能は何か違う兆候を感じた。クローデルの横から何かが放たれる。
「くっ!」
ノーモーションで発動した、詠斗の背丈ほどの禍々しい斬撃の刃が風を切って壁に当たる。
刃が当たった壁には、大きな斬撃跡が刻み込まれていた。
「なんで今の躱せるのかな~?私、特に何か動いたわけでもないのに。…あれ?」
集中力の限界と、呼吸困難に陥った詠斗は床にドサッと倒れてしまった。
立たなければ。クローデルが引くまで、耐えなければ。
そんな気持ちだけが先行していても、身体が言うことを聞かない。
力の入らない右手に懸命に意志を送っても、手がピクピクと動くだけだ。
「カハッ…!」
「終わっちゃうの?アナタと遊ぶの、楽しいのになあ…。でも、釣れたみたい☆ドクンドクンて、良い鼓動が聞こえるの☆」
そこにいるのね、とクローデルは斬撃を部屋角に放った。
「…ッ!」
苦悶を無理やり抑えたような吐息が、微かに聞こえた。
それでもサオリは律儀に約束を守っているのか、それ以上のアクションを起こさなかった。
部屋の効果もまだ効いているのか、サオリの姿はクロ―デルには見えていないようだ。
「どういう訳か、見えないな~。でも、何かいるのは分かった☆私にはこれ以上何もできなさそうだし、行くね☆」
クローデルは我慢比べに負けたのか、エレベーターに乗り子供のようにバイバイと手を振って地上階へ戻っていった。