記憶の因果
そんな訳がない、と永瀬はゆっくり左右に首をふった。
「彼女にはもう、オリジナルの記憶など残っていない。元々お前と接触している時でさえ、思い出せなかったはずだ」
「俺が蹴り飛ばされたとき、今の祥子なら笑うと思っていた。だけどあいつは…付き人に刃を向けた」
それが、どこかに柳がまだ居るという根拠の一つだった。
なるほど、と永瀬は頷く。
「オリジナルの能力者が持つ、『記憶の因果』というやつは確かにあるようだな。私は眉唾物の話だと思っていたが」
「記憶の…因果?」
永瀬の言葉に、玄森が反応する。
「現代で能力を持つ者は、能力者因子の痕跡から再度複製し能力を持っている。だが50年前以前の能力者は、力を発揮できない痕跡ではなく因子が最初から身体に備わっているのだ。因子の記憶力は凄まじく、最先端の記憶抹消をされても、なんらかのきっかけで過去を思い出すことがあると言われている。それを我々は『記憶の因果』と呼んでいる」
説明をする永瀬に、玄森は妙に納得する。
柳と会う事で記憶が垣間見えるようなあの感覚は、嘘ではなかったのだ。
本来の過去の記憶が、柳と会う事で明らかになろうと藻掻いていたのだった。
「この現象については、お前と柳を使って検証中だった。柳祥子は鮮明に思い出せないようだが、お前はいくらか判っていたようだな」
検証中。その言葉を聞くと黒い感情が湧き上がってくる。
蘇らされたのも、会っていたのも、全部実験のためだ。
「俺たちは、実験動物じゃない」
気が付けば右手をブレードに変え、突発的に永瀬に斬りかかっていた。
ブレードを振り回しても、永瀬は最小限の動きで刃を避け、左手の二本指でブレードをピタッと抑える。
「気持ちは分からんでもない。だが、今生きているのはその実験の成果故だ。どう思うかは、お前次第だ」
玄森の目は、怒りが滾っていた。
人の意思などお構いなしに、土足で人の心を蹂躙するのがこの二ホンエリア政府のやり方だと思うと、自分の事よりも柳がされたことに対して激昂していた。
「…良い目の輝きだ。だからお前は記憶を剥奪されないのだろうな」
「永瀬…豊!」
永瀬は能力で玄森を壁にぶち当て、サングラスをかけた。
「私も仕事が詰まっている。所属が変更になったことは伝えた…。お前が納得できなくても、これは決まっていることだ。先に言ったように、覆すことはできない」
「待て…!」
「…私はお前に期待している」
背中への強い衝撃で、呼吸すらままなら玄森を置き去りにし、永瀬はエレベーターに乗っていった。