微妙な状況の違い
軍の居心地が良かったとは言えないが、あの嫌な目つきをする老人の部下になるのは業腹だ。
少し話しただけでも判る。芹馬という男はろくでもない人間だ。
柳の事も自分のことも、手駒の一つとしか見ていないのが会話の端に垣間見える。
「…諦めろ。この二ホンエリアでは、高官の権限には何人も逆らえない」
「ウルシ君、嫌なの?私はいいけどなー☆おじさまからは、心地のいい波長を感じるしね☆」
柳は少し黙っていてほしい。今は気持ちの整理を付けるのに心を割いているのだ。
「<クローデル>、先に施設へ戻れ。命令だ」
「はーい☆」
永瀬が舌打ちをして促すと、柳はあっさりと転送機能でどこかへ行ってしまった。
「…さて。少し話をするか、玄森漆」
サングラスを外し、永瀬の朱色の眼が露わになる。
サングラスをかけている永瀬は寡黙なオーラを放つが、今は圧倒される威圧的な雰囲気を纏っている。
「オークションは、桜井司令官の管轄外で行われた。阻止できなかったことは、司令官も悔いている」
まず永瀬は、権限移行されたことを玄森に詫びた。
「お前の気がかりは、<クローデル>…いや、柳祥子のことだろう」
「一体彼女に何をしたんだ?俺は礎という付き人から『自我のない人格に書き換えられる』ことは聞いた。だが、今の祥子は…。それに、アンタは祥子を引き取りにきた」
玄森の問いかけに、永瀬は『分かっていたのか』と味気ない言葉を漏らす。
「俺の連れが気づいてた」
「紺野という特異体質の男と仲が良かったようだな。あの男には恐れ入る」
言葉を区切り、永瀬はまた乾いた口調で話し始める。
「オークションのときに、お前と柳、その他能力者が競売にかけられたといったが、少々語弊がある。芹馬は独自の介入権限で、柳のプロジェクトに強制干渉した。柳の能力はお前も知っている通り、人の精神を蝕み狂わせる。うまく使えば私や桜井司令官よりも厄介なチカラだ」
強制干渉することで気弱な研究員を買収し怖気づかせ、桜井とは別の指針で柳の計画を動かそうとしていたらしい。
「自我を奪った柳を兵器化するのは他の高官たちも認めている。だが芹馬高官は自分が過去に出会った彼女を再現しようとした。もちろんそれは芹馬高官の度が過ぎた行為。即他の高官にバレて干渉は禁じられたが、既に柳祥子をなるべく本来に近い何かに仕立て上げる動きは出来上がっていた。柳の人格の書き換えが確定した時には、彼女は芹馬高官に忠実な狂人と化していた」
「今の祥子が…限りなく過去に近い…?」
そんな訳がない。柳は大人しく、優しい人物だった。
「彼女もまもなく道を踏み外したんだ。私は詳細は知らんがな」
「でも、どこかで祥子は俺の事…憶えているような…」
玄森が呟くと、永瀬は初めて極僅かだが表情を変化させた。