そして賽(権限)は投げられた
芹馬の『競り落とした』という一言を、聞き逃すことはできなかった。
眉間に皺を寄せた表情に気付いたのか、永瀬は一歩前に出てサングラスを一度クイッと上げる。その動きを見た芹馬は、少々不満げに口を一旦噤んだ。自分に非はないと思っているようだが、『競り落とした』という言葉は今は相応しくないという永瀬の無言の圧に屈した形だ。
「まだ玄森特殊隊員には言っていなかったな。お前はこれから軍属ではなく、芹馬宗二高官直属の部下として動くことになる」
「は…?」
いきなりの発言に頭が追い付かないでいると、芹馬の従者が玄森の腹を思いっきり蹴り飛ばした。
「態度が悪い、玄森漆」
不意を突かれ踏ん張りが効かず、30cmほど吹っ飛ばされて尻もちをついてしまった。
「…なんだ、<クローデル>」
無様な姿を晒してしまった玄森を柳はせせら笑うかと思ったが、予想に反し従者を氷のように冷たい目で流し見し、可視化できるほどの瘴気の刃を従者の首横にピッタリと当てる。
従者は動揺を隠そうとしているが、刃を形作る瘴気の濃さに冷や汗を止めることができないようだ。
この行動には柳本人にとっても突発的なものだったようで、我に返った柳は慌てて能力を納め、ばつが悪そうにニカニカと笑いながら永瀬の立ち位置へ引いていった。
(今のは…ショーコ…??)
「永瀬が合格というのならば、貴様も相応に力を使えるのだろう。信じてやろうではないか。永瀬秘書、しっかりこの男に説明をしていけ」
「承知いたしました」
芹馬は踵を返し、従者を連れてその場から立ち去ったが、玄森を蹴り飛ばした従者だけが、一度振り返り侮蔑するような表情で玄森たちを見ていた。
「説明するより先に会ってしまったか。順序が狂う…」
呆れたように永瀬がため息まじりの言葉を発する。
「おじさまは気が急いたんだろうな~。私、逃げたりしないのに。それにあの人も、嫉妬心強いわね~」
柳もタイミングが悪いと珍しく若干不満げだ。
「どういうことなんですか、永瀬秘書」
取って付けたようにですます調で話しかける玄森の方に永瀬は身体を向ける。
「高官達が、それぞれが持っている情報を元に秘密裏にオークションを行った。その時に、貴様と<クローデル>、その他能力者が出品されたのだ。落札者は先程の男、芹馬宗二。オークションの取引内容は既に関係者に通達され、既に権限移動は終わっている」
永瀬が言うには、このニホンエリアには最高権力を持つ12家系があるらしい。
それぞれ数百年以上前からニホンエリア発展に尽力し、先の大戦でエリアを守ることに貢献したことから政府高官という名誉顧問のような立ち位置に一族の代表者が任命されている。
この高官たちはニホンエリアの重要機密を決める際に集結し、方針や計画を纏めて担当者(軍であれば桜井司令官)に伝え、実行させることが出来る。
取引の種の情報を手に入れれば、それを高官同士で権限売買をすることも許されているというから恐ろしい。
芹馬家は元々軍の兵器開発に関わっていた一族で、能力者研究についても御執心だったようだ。
早い話が、玄森、柳、その他能力者は纏めて芹馬が管理する権限を手にしたということのようだった。