直々の提案
オリジナルである白藤さおりの細胞から造られ、尚且つ兵器としての才能を持つよう改良されているのだ。この状態になることに違和感はない。
「目覚めて初めてちゃんと接触した人間が詠斗君だったのが、サオリさんにとっては幸いだったのだろうね。最初から政府の手に渡っていれば、こんな人格にはなっていなかっただろう」
「本当に、サオリさんにとっては良かったんですかね。結局兵器化されてしまうなら、サオリさんが苦しくなるだけなのに」
「最終結果だけ見るとするのなら何とも言えないが…道程を見るなら幸せな時間は確かに在るんだよ」
サオリは兵器化から逃れられないというのは、黄瀬の言葉から察した。
「現に、サオリさんは君を強く信頼しているじゃないか」
「…信頼、ですか」
ワッと言いたいことがたくさんあるはずなのに、言葉が出て来ない。
サオリが自分を信頼してくれている?詠斗本人は裏切りかけているのに?
大して言葉も紡いでこなかった自分を信頼するのだろうか。
「血液検査の結果は、桜井司令官に提出しなければならない。そこからどうなるかは…未定だ。恐らく何らかの実験は行われるが、その命令がいつ下されるかは私にも分からないんだ。私たちはあくまで検査を実行する研究員。私にも詠斗君にも、それ以上の権限は与えられていない」
心の準備だけはしておいてほしい、と黄瀬はサオリの検体を丁重にしまいながら詠斗に告げた。
「肝に銘じます」
検査結果の共有は以上だ、と言われて詠斗はそそくさと黄瀬の研究室を出た。
俯きながらポタポタと構内を歩いていると、けたたましい笛の音が聞こえた。
耳を劈くようなこの音は、政府の上層部が構内を歩いている時に発せられる音だ。
自分には関係がないだろうと気にせず歩き続けたのだが、笛の音は大きな音で3回続けて鳴らされた。『止まれ』の合図だ。
どうも笛の音は詠斗のことを追いかけているようだ。
通路の真ん中に立ちどまるのも変だと思い、近かったエレベーターの前で足を止めた。
振り向くと、鬼のような形相をした従者二人と、その二人に挟まれて老齢の男が年に合わぬ歩調で行進していた。
先頭には金色の笛を加え音を鳴らす男がいる。
「崎下詠斗だな?」
笛を吹いていた男がピタッと立ちどまり、口から笛を離し胸ポケットに入れて問いかける。
「…そうですが」
「芹馬宗二高官殿直々のお出ましである、心してお言葉を拝聴せよ」
男は横に身体をずらし、芹馬の歩く道を開ける。
「貴様が崎下詠斗か。レクス社の出来損ないと聞いているが…。本当にあの男と同じ姿になったのだな」
芹馬は詠斗の全身を嫌な目つきで舐めまわすように眺める。
「私は早く戻らなければならないのですが」
詠斗が躊躇いもなく意見を言うと、すぐさま従者の一人が飛び出してきて詠斗の腹に一発蹴りを入れた。
「がはっ…」
「不敬であるぞ、言葉に気を付けよ。おい、この愚民を立たせろ」
痛みに悶絶しかけている詠斗を、もう一人の従者が頭を鷲掴みにして無理やり立たせる。
「さて、私が直々に貴様に提案をしよう。上戸拝の形見である人間兵器を、私に寄こすのだ」