サオリさんの落ち着く部屋
隔離部屋に戻ると、サオリがすぐに気づいて寄ってきた。
「おかえり、エイト!」
「…ただいまです」
隔離部屋の中が、また変わっている。
飾り気のない、ごく普通の内装。空間も広大なはずなのだが、目に見えるのは12帖くらいの広さになっている。壁側に白いシングルベッド。ノートパソコンが置かれたウッドデスクと同じ色のキャスター付きの椅子。壁には丸時計が掛けられているが、想像のもの故か機能はしておらず、時刻はずっと2時30分を指し続ける。
あとは小さなクローゼットと、小さなチェストにキャラクターもののぬいぐるみが一つ置かれていた。
時計と同様、パソコンも想像で形だけ作られたものだったが、画面にはピンボケした写真が固定されていた。
「この部屋は、どうしたんですか」
「落ち着く部屋ってなんだろう、って考えてたらいつの間にかこんな部屋になってたの。全然知らないはずなのに、やっぱり落ち着くのー」
サオリはベッドの上に座り、ポンポンと跳ねる。案外ベッドは柔らかいようだ。
キャラクターのぬいぐるみに目を向ける。どこかで見たことがあるような形な気がするのだ。
ストレスカウンターのスキャン機能を使い、検索をかけてみると『リラクルポー』という子熊と鳩を合わせた、60年前に流行ったキャラクターだった。
『リラクルポー』の制作会社はまだ健在で、絵本や漫画を出している。
しかし、60年前のキャラクターということは…。
パソコンの画面をもう一度見ると、今度は画像のピンボケが解けていた。
白藤さおりを真ん中に、右に桜井拓、左に湯神震らしき人物が写っていた。
「何か分かったの、エイト?」
「サオリさんが落ち着くっていうの、納得しましたよ」
ここは白藤さおりの部屋だと詠斗は確信した。
おそらくサオリの無意識の中にある感覚と記憶が、このイメージを作り出したのだろう。
白藤は飾り気のない人物だと思っていたが、想像は間違っていなかったようで少し安堵する。
「さて、サオリさん。今日は採血をするみたいですよ」
「?サイケツ?」
「すこーしだけ血を採るんです。そうすると、色んなことが分かるんですよ」
「よく分からないけど、痛いの、それ?」
「痛くないですよ。ええと、こんなのを使うんです」
詠斗はポケットにいつも入れている、スポイトのような採血機を取り出して見せた。
「これを手首に一瞬当てるだけで、採れるんですよ」
「ふしぎー」
サオリがおちゃらけていると、ストレスカウンターに通知が来た。『採血を行い、検査室に転送せよ』とのことだった。
「じゃあ、採りますか。サオリさん、手首出してください」
「はーい」
サオリは素直に右腕を向けて、手首をじっと見ていた。
「行きますよ」
サオリの右手首に採血機の先を当てると、見えない程の小さな針が刺さって少しずつ血がスポイトの中に溜まる。
「血って赤いんだね!ワワ、結構な速さで溜まるけど、痛くないや」
「…はい。終わりですよ」
採血機を手首から離し血の入ったカプセルを取り外すと、ストレスカウンターの簡易転送機能でそのカプセルを転送する。明日には血液の解析結果が出るだろう。
「今日はもう予定がないですからね」
「血?を採ったら、何か眠たくなっちゃった…」
採取したのは微量のはずだが、何か影響を与えてしまったのだろうか。
「寝てていいですよ。大丈夫、僕もここにいますから」
「うん…」
サオリはベッドにコテンと横になり、すぐに眠ってしまうのだった。