ことの始まり・2
北エリア総合病院の崩落事件。
地震は勿論、耐震設計も盤石で崩落はまず起こり得ないと言われたその病院が、その日の夕方に突然半壊した事件だった。崩壊した現場は施設の壁が何か強い力で捻じ曲げられ、大半がひしゃげてしまっていた。
爆破のような痕跡も、何かしらの装置が使用されたことも確認されていない。何の兆候もなく、崩壊した。
その時に確認されたのが、一人の青年のストレスカウンターの吸収値が当時の最大吸収量の3倍以上になる精神負荷を生じさせていたということだった。その数値が記録されたのも、崩落した時刻と丁度重なる。報道では何故?という疑問の声しか浮かばなかったが、上戸と梵は能力者の存在を確信した事件でもあった。
その後、その青年は失踪。長らく行方が分かっていなかったが崩落事件の5年後に居場所を突き止め捕獲した。
青年の名前は湯神震。彼の捕獲には、梵が直接指揮をとるため出向き、挑発することで能力をその目で確認していた。
湯神の能力名は<グァルネリ>と名付けられ、その能力は『あらゆるモノを歪ませる』力だった。ストレスカウンターを装着しているにも関わらず、湯神の両手からは僅かな歪みが発生している状態で、激情型の心だった彼はすぐに吸収値を超える精神負荷を生み出すことができる人間だった。
湯神の弱みは、白藤さおりという女性だった。桜井拓という青年と白藤、湯神は幼馴染であったらしい。元々白藤のことを好いていたが、白藤は最終的に桜井を選んだ。二人が恋人になった後も友人関係は変わらず、そのまま大人になっていく…はずだった。
桜井と湯神が二人で薄暗い時間に歩いていると、早くからヤケ酒をしたようにひどく泥酔した中年の男に絡まれた。近寄らないように離れていると、男は何かが癪に障ったのか桜井の胸ぐらを掴み訳の分からない言葉で罵った。それでも抵抗せず穏便に済ませようとした桜井だが、湯神はその時キレる寸前の精神だったが、なんとか冷静に男を桜から引き剥がそうと後ろに回った。
ますます桜井にヒートアップした男は、桜井の胸にどこから出したのか大きめのナイフを何回も突き刺した。路上に倒れこむ桜井の姿と男の理不尽さに湯神は我を忘れた。
「テメエ、ふざけるなよ…!!」
その時、湯神の能力は開花した。男の足場に亀裂が入り、クレパスのようになった間に落ちた男は身動きが取れなくなり、更にまだ続く歪みでグシャっと捻じ曲げられてしまった。
男を意に介さず、湯神は桜井に近づいた。桜井の意識ははっきりしていたが、湯神はここでミスを犯す。
まだ動揺治らぬうちに、桜井の胸部に触れてしまったのだ。動揺で強く発動している歪みが、桜井の肺や呼吸器を捻じ曲げてしまった。
一気に状態が悪化した桜井は北エリア総合病院に搬送されたが、助からなかった。
『桜井を殺したのは自分だ』と自分を責めた湯神は、駆けつけた白藤の事情を聞く言葉に耐えられず能力を発現したーーー。それが崩落事件のことの真相だった。
このことは、白藤の日記に詳細に書かれていたようだ。
「白藤…さおり…?」