何が起きる?
「でもさ、一緒に何回か柳さんと会ったけど、昔会っているはずの玄森のこと、思い出せないみたいだね」
紺野にだけは、思い出した過去のことを伝えている。
友人として信頼しているというのもあるし、何より懺悔のように吐き出さないと罪悪感に耐えきれない心情があった。
人が真剣に考えているときにも相変わらず飄々とした喋り口の紺野に少々複雑な思いを抱くが、これが紺野なのだ。言葉に悪意も善意もない。ただ、聞きたいから聞いているのだろう。
「そうだな…。だけど、きっと思い出さない方が幸せなんだろうな。俺みたく思い出したら、今の祥子は良からぬ方向に行く」
柳が無差別殺人を起こしていたことは、高橋から聞いた。
高話の方から話すことはなかったものの、過去との関連を興味本位で聞けばスラスラと語ってくれたのだ。
あの後変わらず精神的虐待を受け続け、精神を病んだと。
「分岐点は、間違いなく貴方」と高橋は言っていた。
だが今の柳は至極穏やかで、過去の殺人者とは到底思えない。
見えない過去には拘っている節はあるものの、それを絶対とは感じていないようだ。
ならば教える必要もないだろう。
「ん…?あれ、柳さんじゃない?」
紺野がピタッと立ちどまる。
目線は柳の拠点スペース前に向いていた。
少し遠くて見えづらいが、部屋の前に女性?とその脇を二人で固めている。
「おかしいな、礎さんが付いてない。横に居るのは頭を覆うマスクをつけた軍人だな」
「礎の奴が付いていない…?それ、まずいんじゃないか?まさかまた何か動きが」
不審に思った玄森は紺野と共に三人のいる個室前に走り寄った。
「何をしている?補佐の礎は…」
柳は部屋から出た瞬間何かを注射されたのか、立ってはいるものの暗示にかかり意識が朦朧としているようだ。
「…お前らは部外者だ。何も知る必要はない」
一人はそう言ったが、もう一人は意地が悪いのかカカカッと笑った。
「そう言うなって。こいつはあれだろう?特例で軍に入った玄森とかいう奴だ。少しは教えてやろうぜ。その方が気落ちしてその鼻っぱしをおってやれるだろうしよ!」
「…先にこいつを誘導しておく。あまり無駄話はするなよ」
冷静な一人は、柳を押して先に行こうとする。
「おっと、少し待ってね~。話が終わってから連れて行ってよ」
紺野が足止めをしようとするが、軍人は無視して押しのけ進んでいく。
「おっとっと。あいつ、並じゃないな。なにかしらの強化受けてるな」
押しのけられた左手からは、異様な空気を感じた。
ただの軍人ではない。
「さあて、俺もすぐに行かなきゃいけないから簡潔に言うか。あの女は兵器化命令が下されたんだ」
「兵器化命令…だと!?それは行われないはずじゃ…!」
「上からのお声がかかったそうだ。もう、逆らえねえよ!哀れだなあ、玄森!ざまあみろだ!」
下品に笑うその男を、無言のまま全力で殴り飛ばしていた。
「祥子!」
既にかなり離れている柳を、玄森は必死に追いかけた。