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これでいいのか

「いやー、今日の訓練もきつかったね!身体がバキバキだよ」

そう言いながらも軽やかに左右に体を捻る紺野を、満身創痍の玄森が疲れた目で見ていた。

「あれをキツイのひとことで済ませられるお前がすごいよ…。お前のメニューに付き合った俺が馬鹿だった…」

紺野の訓練時間は3時間。

基礎トレーニング(腕立て、スクワット、ストレッチ、足踏み運動)を30分、ランニング1時間(15km以上)、マシントレーニング一時間半を休みなしで軽くこなす。

そんな運動を一日に3回、週4で続けても紺野にの見た目には筋肉がつかないのだから恐れ入る。

以前一回だけ付き合ってから二度とやるかと思っていたが、今日は身体を動かしたい気持ちに駆られもう一度やってみたのだった。

そこまで身体を動かしたかった理由がある。心のモヤを振り切るためだった。

「身体動かして、少しはすっきりした?」

「概ねな。考えすぎだったよ」

この一か月、特別な任務もなく平穏に過ごす代わりに、柳と会う機会が多かった。

会うように促されていた、という方が正しい。

玄森本人は以前礎に言われたように柳に自分から会いに行くことはないようにしていた。

礎の本心は計りかねるが、玄森としても心が何かもどかしくなる柳の過去や彼女との関連性を知ろうとは思わなかった。

第一礎は玄森が柳に近づくことを極力回避するようにしていたのも知っている。

だが自分の担当となった高橋の意向はなるべく柳に会わせようとしているようだった。

行く先々で、柳が礎と歩いているのだ。

最初はお互い会釈する程度だった(礎の無言の圧も強かった)が、そのうち柳の方から話しかけてくるようになった。

柳が話しかけてくると、礎と高橋がスッと下がるのを知っている。時間を邪魔しないためなのか、なにか裏があるのか。

「玄森さんの顔の古傷…痛々しいですね」

「玄森さん、笑ってみてください」

「どこかでお会いしているような気がしてならないんです」

何と答えていいか正解があやふやな言葉を、柳はぶつけてくる。

その言葉に対して、玄森は口を噤んでごまかした。

何回か会ううちに、玄森は徐々に本当の記憶を思い出しかけていた。

虐待の記憶しかなかった自分の中で、浮かびかけていた唯一の良い記憶。

『あなたは、なんて言うの?』

そう問いかける幼女の顔がずっと思い出せなかったが、ある時その靄が晴れる。

その顔は柳祥子を幼くしたものだった。

間違いない。幼い頃のその記憶には、柳祥子がいた。

火傷を両親に負わされて隠れていた空き地で、柳と出会った。

玄森も柳も、虐待されていた子供だった。

出会ったときからお互い心を開き合うまで、そう長い時間はかかっていない。

逃げたいときにはこの空き地にくれば、必ずどちらかが先にきて一人で遊んでいた。

『ウルシ君、これあげる!』

そういって柳が差し出したのは、空き地に咲くシロツメクサで作った花のかんむりだった。

柳は唯一の記憶としてその空き地と少年時代の玄森の存在は覚えていたが、詳細は思い出せていないようだった。

言う言うまいか、玄森は悩んだ末に言わないことを選択したのだった。

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