黄瀬さんに聞く
地上三階に移動すると、指定されたフリーブース中央席に黄瀬が座ってストレスカウンターの電子パネルを見ながら待っていた。
「黄瀬さん」
詠斗が静かに声をかけると、黄瀬は画面を消して小さく頷くように頭を下げた。
「君にはあまり、詳細な説明をしていないからね。それを話そうと思って呼んだんだ」
トントン、と黄瀬が白い丸机の面を指で数回叩く。『座って』という合図だ。
キャスター付きの黒い椅子を引き、詠斗が着席すると、黄瀬は『どこから話そうか』とウムウム口をまごつかせる。
「それじゃあ、私から聞いていいですか」
詠斗が手をテーブルの上で組みながら提案すると、黄瀬はその方がいいと承諾した。
「まずは…サオリさんを隔離するあの空間は、一体何ですか?黄瀬さんは『ドリームスペース』と呼んでいましたが」
「あの空間は、偶然発見した場所だと聞いている。元々地下にスパコン稼働室を作ろうと掘削工事をしていた時にあのフロア分の空洞が開いていたんだ。調査に入った研究チームが、その空洞の壁面は強い幻覚作用を放出する岩盤で出来ていることを知った。
その後の調査で、二ホンエリアの奥深い地層にその岩盤…地層が点在していることが分かったみたいだね。その点在する場所には既に地上に建物が立っているケースがほとんどで、活用・研究されているのはこの北エリアの施設だけだよ」
「強い幻覚作用を放出する岩盤、ですか」
「そう。その岩盤はどういう訳か生物の願った風景を作り出すんだ」
詠斗の家を再現した時のソファの質感も、幻覚で作られているというのだから驚きだ。
「食べ物を鮮明にイメージすれば、実際に食べて腹が膨れる(ような感覚になる)んだから、恐ろしいほど強力な効果だよ」
「そんなところにサオリさんを隔離するのは?」
「退屈しない、というのと…。一つ、目的があってね。そして先ほど、それは達成された」
黄瀬はストレスカウンターの電子パネルを浮かび上がらせ、詠斗に見せる。
サオリが具現化した、あの学校での一幕が録画されていた。
「あの部屋は監視カメラで随時録画されているんだ。サオリさんの中にある白藤さんの記憶を検出することが、あの部屋に入れることになった目的でもある」
録画映像には確かに、湯神と拓が映っている。
「実はあの時、微弱ではあるけど白藤さんの粒子が確認された。入り込んだのか、元々在ったのかは分からないがね」
「白藤さんの粒子があったんですか」
「私も君の育ての親である崎下さんから話は聞いていてね。サオリさんの身体を維持するには、白藤さんの粒子が入った培養液に定期的に入れなければならないのだろう?」
黄瀬が生き字引だったのを忘れていた。そうだ、黄瀬は本来の崎下を知っている。
「…はい」
「サオリさんはこのエリアの研究員にとって、格好の研究材料なんだ。勿論、桜井司令官にとってもね」
「桜井司令官は何故、そこまで白藤さんに執着しているんですか」
詠斗が尋ねると、黄瀬は画面を消して頭を掻いた。
「桜井司令官は…ちょっと事情があってね」