サオリさんの想像した世界
黄瀬はサオリに、真っ白な髪留めを渡した。ワンポイントで、雪の結晶を模った石が付いている。
「この空間は、サオリさんが望む形に姿を変えるんです。まずは、これを付けて」
言われるままサオリが渡された髪留めを前髪に付けると、真っ白なこの空間が不安定なマーブル模様になり、若干耳障りなノイズが聞こえる。
「あとはサオリさんが、想像するだけ。住んでいる家を思い浮かべてみて」
黄瀬はこの状況にも動じず、優しくサオリに想像を促す。
「分かった…」
サオリが静かに目を瞑り、精神統一して詠斗の部屋を思い浮かべる。
マーブル模様がグルグルと渦巻き、ゆっくりとイメージ通りの部屋を作り上げる。
ものの数十秒で、マーブル模様の空間は詠斗の部屋とほぼ同じ形になった。
「うわあ!お家だ!」
「この形でいたいと思う限り、効果は持続されるんです」
詠斗は恐る恐る、具現化されたソファに横になってみる。張りぼての空間だと思っていたが、ソファもしっかり再現され、本当の家と同じように横になることが出来た。
何もなかったはずの空間に、完全に家が具現化されていた。
はしゃぐサオリとは対照的に、詠斗は眉間に皺を寄せていた。どういう原理でこの空間が生成されているのだろうか。『夢』にしては、クオリティが高すぎるような…。
「君にはあとで説明するよ。とりあえず、詠斗君はこの空間にサオリさんといてほしい」
この世界の中に、食事などはエレベーターを通じて届けられるという。
「エレベーターはいつも同じ位置にある。君のストレスカウンターに場所が表示されるから、見えなくなってもそれを頼りに近づけば見つけることが出来る」
また呼びに来る、と言って黄瀬はエレベーターを表示させ、乗って去っていった。
「エイト、ワタシ試してみたいことがあるの!やっていい?」
「試してみたいこと、ですか?」
「うん!」
まだテンションの高いサオリに、無表情で許可を出すと彼女はまた想像し始める。
詠斗の家の形をしていた空間が、ぐにゃりと粘土のように捻じ曲がった。
何を想像しようとしているのだろうか。家を想像するときよりも随分時間がかかっている。
それでも徐々に形作られていった場所は、詠斗には見覚えのない場所だった。サオリと一緒に行った記憶もない場所だ。
やや強い日差しに照らされる何処かの町の交差点。制服を着た顔のない学生たちが何かを楽しく話しながら交差点を渡っている。
「んとね、確かこっち」
サオリは戸惑っている詠斗の手を引き、交差点を渡って左折する。学生たちも同じ場所に向かっているのか、人のまばらな固まりがユラユラ付いてくる。
歩いて5分ほどだろうか。サオリが『あった!』と喜ぶ。
『市立平木高校』と書かれているその高校。詠斗は全く知らない。もしや白藤さおりのゆかりの地なのだろうか?
「入ろう、エイト!」
「ちょ、勝手に入っては…」
そうは言ったが、ここはサオリのイメージの世界だ。現実とは違うのだった。
サオリに手を引かれ、二人は校舎の中に入った。