思わぬ再会
固く閉ざされた門には誰もおらず、認証のために置かれているセンサーがチカチカと赤く光るのみだった。車から降りると、気温が-35℃に保たれているせいで顔の皮膚がピリピリと痛む。
ストレスカウンターをセンサーに翳すと、門が軋む音を大きく立てながら開かれた。
ザフザフと雪道を歩き、建物に近づく。
定期的に手入れをしているのか、雪はさほど積もっておらず、外と違って氷が隠れているようでもない。
門から建物までは、庭を隔てていた。庭には大小さまざまな形をした氷の花が咲いている。
精密に花を模っているそれは、本当に生きているようだった。品種改良で造ったのだろうか。
その透き通るように透明な花々が、雪の明けた晴れの日差しで照らされキラキラと宝石のように輝いていた。
建物は白い城そのものだった。中世に実在した西洋の城をそのまま持ってきたような佇まいだ。
中に足を踏み入れると、内装は中央エリアと同じくらい最新技術を集められたものにガラッと変わる。
ロビーでは忙しなく仕事を受け持っている研究員たちが行き交っていた。
「詠斗君」
インフォメーションに向かおうとしていた詠斗を、誰かが呼び止める。掠れた、聞き覚えのある声だ。だがその声色が正しいのならば、何故ここにいるのか不可思議な人物だ。
「…黄瀬さん。どうしてここに」
ゆっくりと人を縫って現れたのは、間違いなく黄瀬だった。
まだ顔色もいいとは言えず、右足を引きずっている。それでも黄瀬はいつも通りの眼差しを詠斗に向けていた。
「桜井司令官の御指名でね。サオリさんのお目付け役に任命されたんだ」
「でも、毒物が身体にまだ回っているのでは」
やや心配そうに眉間に皺を寄せる詠斗に、黄瀬はフッと笑う。
「軍の中和剤は一応打ってもらって、毒はほぼないのだがね。足の引きずりや倦怠感は取れなかった。サオリさんに毒を抜いてもらっていたこともあってか、大分楽ではあるから心配せんでも大丈夫」
「サオリさんは、どこに?」
「ゆっくりと説明させてもらうよ。まずは、付いてきておくれ。ああ、また君は私の部下という事になっているからね。よろしく頼むよ」
どうやら詠斗はまた黄瀬と組むことになっているようだ。詠斗を御せるのは黄瀬だということを、桜井も承知しているのだろう。
歩くのが遅い黄瀬に歩幅を合わせながら、詠斗はその横を付いていく。
「この研究施設は、詠斗君も聞いたことがある通り、隔絶しなければできない研究を主に行う施設だ。どちらかというと人体実験よりも、庭にあった様な氷の花といった生物・植物の品種改良や病原菌の解析などに使われている。今回はサオリさんの暴発で被害を出さないためにこの区画に隔離することになったんだ」
ああ、誤解しないでと黄瀬は付け足す。
なんでも、桜井本人はサオリを兵器化することに内心では反対しているという。
だが、スイ・リィエンにサオリが人間兵器であることがバレてしまっている以上、サオリをこのエリアで死守しなければ、サオリを奪われ兵器として実際に運用されてしまうだろうとのことだった。
今回このエリアに移送したのは、リィエン陣営を迎え撃つためというのが一番の目的だと黄瀬は言った。