無力
「時間…切れ?」
小さく口を動かす詠斗に、サオリはキュッと抱きついた。
「できる限りの時間は与えた。もう…諦めて」
桜井は無表情に、後ずさりしそうなくらい身を引く詠斗に詰め寄りサオリを引き剥がす。
「嫌っ!お兄さん、夢の中の人にソックリだけど、キライ!」
「少し手荒だけど…ごめんなさい」
暴れるサオリに、桜井は瞬間的に手から強い電流を流して気絶させた。
「サオリさん!桜井司令官、サオリさんを返してください…!」
詠斗は柄にもなく、サオリを担ぐ桜井に縋りついて取り戻そうとした。
回収するということは、サオリをいよいよ解析して兵器にするということだ。
どういう意図かは分からないが、桜井はサオリの存在を認識してもすぐにその権限を使わなかった。
兵器として研究するならば、すぐに奪えたはずなのに、だ。
停職処分を受ける前に、一応サオリを引き渡してほしいということは言われたが、断ればすぐに引き下がった。
そういえば、初めて桜井と会ったときに彼は白藤に恋をしていると言っていたような気がする。それも関係があるのか?
「じゃあ聞くけど、君はあの男からサオリさんを守れるの?サオリさんがプレスキーエリアに行ってしまえば、辿る道は全ての破滅に等しいんだ。この人はただの人間じゃないこと、崎下研究員はよく分かってるはずだ」
「私とサオリさんは…ただ平穏に、静かに暮らしたいだけなんです。それだけの願いも叶わないのでしょうか」
詠斗が本心を言ったところで、桜井は苦悶の表情を浮かべる彼を突き飛ばす。
「…君にも復職を命じるから、側にいることはできる。詳しいことは、また通達する」
『すぐに施設に来るように』と言い残し、桜井は転送機能を使って軍施設に戻った。
詠斗個人は非常に無力であることが、痛感させられる。
結局は自分一人では平穏な日常すら守れない。
サオリを個人管理したことで敵国の実質的リーダーに目をつけられては、何をしようと抵抗のての字にもならない。
「サオリさん…父さん…」
ここで立ちどまっていても、事態は悪化するだけだ。
詠斗は水族館から退館し、すぐにセレリタス号に乗り、丁度届いたメッセージに書かれていたホクトエリアにある極秘研究施設へ向かった。
ホクトエリアは雪国をイメージして造られた区域であり、エリア内に入ると極寒(気温は-35℃)の地に急変する。氷原が延々と続き、このエリアには人が居住することは許されていない。
二ホンエリアの極秘研究をする際によく使われる区域なのだ。
ナビ通りに走っていると、施設に近づくごとに大粒の雪が激しく降り始める。
ライトを付けていても前がよく見えない。本当にたどり着けるのだろうかという不安にも陥る。
走って1時間半、吹雪がピタッと止むと、目の前には大きな洋風の城のような建物が立っていた。