面白い対象
こんなことを日常的に行っている、と黄瀬は詠斗に呟いた。
その言葉は淡白な口調だったが、何かまだ迷いがあるような含みもあった。
「…私も割り切るようにしているんだがね。完全に、というのは難しい」
本来は優しい黄瀬のことだ。おそらく何らかの形で救済することも考えているのだろう。だが、このプロジェクトは被験者の苦痛があることが大前提だ。むしろ彼らの心を奪うことも実験内容に含まれる。
「何をそんなに病むことがあるんですか?」
詠斗はあっけらかんと言い放つ。
「面白いじゃないですか。彼らのポテンシャルが引き出されて行くんですよ?人間の心の可能性を測るのにちょうどいい」
この実験に善の心はいらないでしょう、と詠斗は逆に黄瀬の心構えに疑問を持つ。元々このエリアで行われている実験や検証に、人の心のに対してなど何も考慮・配慮などない。そんなことは長年勤めている黄瀬が一番分かっているはずだ。
「心の可能性、か。そのための実験で、これだけ人を消耗させてしまうのは私には心苦しいのさ。私よりも詠斗君の方が、ここには向いているだろうな」
そう言って黄瀬は悲しみと諦めが混じったような苦笑いを浮かべた。
「黄瀬上級研究員。データ取得が完了したので我々は退出します」
先ほど会話をした研究員と、実験を監視していた2名の研究員は、それぞれ保存用に使われている親指第一関節ほどの大きさをしたメモリーキューブをポケットに入れて部屋から出ていった。
「他の実験室も、今日の実験は終了したようだ。実験後の被験者たちの様子を見るかい?」
「気になりますね。よろしくお願いします」
第一実験室を出ると、入った時に感じた冷気は全くなく、常温に戻っていた。
「冷気の元も、能力者ですか?」
「そうだよ。あ、ここで実験を受けている被験者たちには、ネームが付いている。さっきの被験者は<フレア>、冷気を放出していたのは<クリオ>だ」
「能力者は、今何人いるんですか?」
「能力を既に発現しているのが5人。まだ<痕跡>から因子生成をしている段階が10名ほどだね。元々能力者因子は必ず遺伝するわけではなく、隔世遺伝のケースがほとんど。ニホンエリア全市民の血液から解析しても、<痕跡>を持つ者はこの15人しかいない」
「その15人の因子をまず復元して、態勢が整えば人工的な能力者を創るということですか」
そういうことだ、と黄瀬は小さく頷いた。
柄にもなく、詠斗の心は高ぶっていた。普通の人間の中に、ありえないほどのエネルギーを持つ人間がいるのだということを知って、人はどこまで行けるのだろう?と考えていた。
可能性という言葉や現象に、詠斗は強く惹かれる傾向があった。幼い頃からそれを見つけると、普段無関心な物事に触れようという意志が生まれるのだ。
「私を助手に選出してくださり、ありがとうございます」
詠斗が頭を下げると、黄瀬はまた困り顔で苦笑いをするのだった。