水族館で会ったのは誰だ
「楽しかった~!次は何見ようか、エイト」
サオリは興奮冷めやらぬ様子でピョンピョンと小さく跳ねる。お願いだから行動は肉体年齢相応にしてほしいものだ。
「私は…いや、いいですよ。折角ですからイルカショーでも観ましょう」
「エイトも見たいのいるんでしょ!それ見ようよ」
「…すごく小さい生き物なんです。だからサオリさんが見ても面白くないかと」
「いいの!エイトが見てみたい生き物、ワタシも見てみたい!」
サオリがどうしてもと言うので、詠斗はサオリの手をパッと掴んで珍生物館のコーナーへ連れて行った。
珍生物館にはウミウシやオニダルマオコゼなど、小型の生物が展示されている。
「あ、いた。これですよ」
展示コーナーの中心にある正方形の小さな飼育ガラスに漂う、小さな生物。
詠斗が見たかったのはクリオネだった。
「本当に小さいね~。でもフヨフヨと泳いでて、不思議な生き物」
サオリと詠斗はまじまじと水槽の中を揺蕩うクリオネを見つめた。
「クリオネは流氷の妖精とも言われてるんです。あ、今餌が落とされましたね。これは珍しいところが見れそうです」
「珍しいところ?」
そうサオリが呟いて間もなく、餌を見つけたクリオネは頭から6本の触覚を瞬間的に伸ばし、瞬きすした頃には既に抱え込むように餌を捕食し始めていた。
そのあっという間の出来事に、サオリはポカンとしていた。
「…妖精なのに、食べるところはクトゥルフみたい」
どこでクトゥルフなどというマニアックな言葉を覚えてきたのだろうか…。
「このギャップのあるところ、見てみたかったんです」
表情に変化はあまり見られないが、心なしか嬉しそうな詠斗の横顔にサオリは気づいた。
いつもは淡々としている詠斗も、興味のあるものを見て嬉しいという気持ちは持っているのだった。
「…どうもどうも、お初お目にかかる。やっと見つけられた」
クリオネを見終わって、次にイルカを見に行こうと体勢を変えたときに、その声は聞こえた。
背後に手を小さく叩きながらどこを見ているのか分からないくらいに目を細めている20代半ばの男が静かに立っていた。
この男から、気味の悪い空気が漂う。何か力を抑えているような不自然さと、心がどこか超越しているようなのを一緒くたに混ぜたような、不快な空気だ。
「私たちに…何か用ですか」
サオリはその不気味さにすぐ気づいたのか、詠斗の左袖をガッシリ掴みながら目の前にいる男から目を離さない。詠斗は口調と顔つきを崩さないではいるが、額からはすぐに一筋の汗が流れるほど警戒していた。
「ふむ、その心構えもよし。願わくば貴様も我が元へハントしたいくらいだ」
男の細い目が、ゆっくりと開かれる。光の入らない、何を本心にしているか分からない目ではあるが野心が奥に滾っているのはすぐに分かる。
そして、詠斗は男の口調を聞いて気付いた。この男はラングチェンジャーを使っている。二ホンエリア国民ではない。言葉のイントネーションが微妙に違うのだ。現地民ではあり得ない語尾の上がり方。
まずますこの男には警戒しなければならない。
「要件があるのは、貴様が連れているその女だ」
男はまた小さく手を叩いて、サオリを見据えた。