水族館・水槽遊覧
大型水槽へ向かう通路から出ると、水中車レンタルの受付があった。
今日はそんなに借りている人がいないのか、車両が余っている。
「水中車ニ御搭乗デスカ?代表者はストレスカウンターヲ御提示シテ下サイ」
詠斗がロボットの目線にストレスカウンターを翳すと、すぐに情報が読み取られた。
「二名様デスネ。少々御待チ下サイ」
ロボットの胸ランプが灯ると受付の側にあった車両が水路を走ってくる。蒸気音と共に扉が開き、サオリと詠斗は水中車に乗り込んだ。
「御乗リクダサイ。レンタル時刻終了ニナルト自動デコノ受付ニ帰還シマス。良イ時間ヲ!」
扉が閉まると、水中車は水路を潜り、水槽の中へかなりのスピードで突入していく。
水槽の中に車体が入ると、今までのスピードとはうって変わってクラゲのように無気力に漂い始めた。
ここからは、自由に操縦するのだ。
「ゆっくり、水槽の中を進みましょうか。入り口には水流も強いのであまり生物がいませんから」
水中車の操作方法は、普通車を更に簡略化したもので、12歳以上ならば同伴がなくても操縦できる。
方向を変えるハンドルと、一定の速度を出すレバー。水槽内の生物がいる場所のナビゲーション。そして海中に留まるスイッチ。それだけだ。
生物や他の車体にぶつかりそうになっても、車体が制御をかけるため事故になることもない優れモノだ。
「サオリさんが見たいクジラは、丁度水槽壁のあたりを遊泳しているみたいですね」
レバーを一番前に倒すと、水中車はスイスイと海中内を進む。
少し迂回してガラスからやや離れて進んでいると、そこには光るクラゲ(品種改良で作られた生物らしい)が群れで漂っていた。光が届きにくいこの辺りから見ると、クラゲの光が際立つ。
「前に見た流星みたい!いや、本で見た花火?かな。赤とか黄色が混じって綺麗だね、エイト!」
クラゲたちは赤、黄、青、緑といった様々な色でボウッ、ボウッと不規則に揺れながら微弱な海流に身を委ねているようだった。
クラゲには意思がないのか、サオリが車の中にいても意図的に寄ってくるという素振りは見せなかったのも幸いだった。
「…来てくれたみたいですね。横、見ててください」
車内にゴウッという水を切る音が響き、サオリが少し心配そうにしていたが、すぐにその表情は歓びに変わる。
「大きいクジラだ…!」
ナビの表示によれば、シロナガスクジラが一頭車体に身体を横に付けようとするかのように併泳していた。
「シロナガスクジラみたいですよ、サオリさん」
「うん、大きいね!」
巨体が車体ににじり寄り、右窓はやがて真っ黒になってしまった。
「クジラさん、ちょっと離れてよ~。姿が見えないよう」
そうサオリが言うと、クジラには聞こえているのだろうか?声に従うようにゆっくりと身体を離していった。
「ありがと!すごく大きいの分かるよ!」
サオリがそう呟くと、クジラは返事をするかのように大きな尾を縦に揺らした。
しばらくクジラは適度な距離で水中車の側を泳いだ後、水槽の中心部へ潜って行ってしまった。
サオリは興奮冷めず、フンフンと鼻息を荒らげていた。
時間までゆっくり水中内を散策している間にも、小型のサメやクジラ、この水槽内で会うのも珍しいとされるマナティにも会えた。
いずれも車体の側をゆっくり泳ぎ、また水槽の奥に消えていく。マナティに至っては、車体をヒレでノックするように興味津々でサオリのことをみていたようだった。
そんな遊覧をしている間に、レンタル時間が終わる。水中車の中に『時間です。帰還します』というアナウンスが流れた。車も自動航行に切り替わり、もう操作をする必要もない。
「時間、終わっちゃったの?」
サオリが尋ねてくるので、詠斗はハイ、と頷いた。
「そっかー。寂しいな」
でも楽しかった、とサオリは笑ったのをみると、詠斗は嬉しく思う。
詠斗も実は様々な原寸大の生物を見てその大きさに驚いていたのだが、それは表に出すまいと変な意地を張っていた。
『オツカレサマデシタ』
無事に水中車は受付に戻り、フロアに降りると二人はまた水族館を散策することにした。