水族館に入ったら
水族館の内部は暗い照明が、水槽を妖艶に照らしていた。
時々不安定に揺蕩う光が本当の海中を表現するのに一役買っている。
壁面は全て大水槽で、数多の魚が悠然と泳ぐ。まるで人間がいることなど全く意に返さない。
「うわあ…!綺麗だね。エイト!」
いきなり出迎えた大水槽にイワシの大群が泳いでいたのを見て、サオリはすぐに水槽に走り寄っていた。
サオリが水槽に近寄ると、彼女めがけて魚が若干近付いている?ような様子だ。
イワシの群れは頭上高くを旋回していたが、ゆっくりとサオリに群れごと寄ってくる。
サオリには何か生物を引き寄せる力でもあるのか?
「うわわわわ、なんにもみえないよ~」
群れの迫力に最初は喜んでいたサオリだったが、他の魚が何も見えなくなってしまい、仕方なく水槽から離れた。そうすると、イワシの群れはまた何事もなかったかのように水槽上部をゆらゆらと泳ぎ戻っていく。他の魚もなんだったのかと言わんばかりにスイスイと自由に泳ぎ始めるのだった。
「なんだったんだろー…」
やや呆然とするサオリに、詠斗は少し苦笑いをして
「少し離れてみましょうか。魚たちが寄ってきてしまいますからね」
と言うと、少しサオリはむくれて『わかった』と返事をした。
「エイト、今笑ったね」
「…なんのことでしょうか」
今の苦笑いは、全くの無自覚だった。サオリに指摘され、詠斗の表情筋はいつもの無表情に戻ろうとする…はずだった。
だが、何故か今日はいつもより感情が表情に出る。サオリが心底はしゃいでいるのを見て、嬉しいとでも内心感じているのだろうか。自然と、不器用ながらも笑おうとしてしまう。
「ふふっ。エイト、行こ!」
「私はちゃんとついていきますから、好きなペースで見ていいんですよ?サオリさんに見せるためにここに来たんですから」
「じゃあ、エイトと一緒にクジラ見たいな!あと、この紙に描いてあるジンベイザメもいるんでしょ!?」
あくまでも一緒に行こうというサオリに、詠斗は目を丸くした後、少し口角を上げた。
こんな面白みのない人間でも、相手にしてくれるのかと嬉しく思ったのは初めてだ。黄瀬に興味を持たれた時ですら、こんなに心は高揚しなかった。
大型哺乳類は中央プールにいるみたいだと平静を保って伝えると、サオリはまた詠斗の手を引き、壁面の水槽を眺めながらやや急ぎ足で水族館の中を進む。
『すごいね、すごいね』と言いながら、首が居たくなるのではないかというくらい見上げて声を上げるところを見ると、本当に興味があったのだと思わせてくれる。
「大型生物館…ここ?エイト」
「そうですよ。円柱型の大きなプール…大きいなんてもんじゃないですね。ここだけで小さいエリア一個分はあります。水槽内を回る水中車があるので、それに乗りましょうか」