サオリさんと水族館に行く
詠斗とサオリは何でもない日々を過ごしていた。
この何週間かで、元々好奇心旺盛なサオリが学習に意欲を見せるようになった。
サオリが興味を持ったのは、現在は廃れている文学と生物学だった。
文学も生物学も、詠斗が興味を持たなかった分野で教えると言うことができないため、ひたすら本を買い与えた。
寧ろ詠斗もこの機会にと、サオリと一緒に小説や図鑑を読んだが興味がないせいか脳にすんなりと入ってこない。
サオリは夢中で本を読み、面白い部分があるとそれを共有したいと感じるのか手を止めて詠斗を呼ぶ。
正直文学は途中から面白さを主張されてもよく分からないので辟易するが、図鑑に載っているものでは海の大型生物に特に興味があるようだ。
「今はクジラには会えないの?」とサオリは聞いてくる。
そういえばほぼ家の中にいるのだから、あまり生物を見たことはないだろう。
「ちゃんと外の世界にいますよ。でもクジラは海の中にいて、街中では出会えないんです。そうだ、ミナト地区に行けば、海岸のそばに大きな水族館があるんです。行ってみませんか?」
「水族館って、何?」
「魚や海の生物を飼育して展示している施設ですよ。見ていても綺麗ですしね」
「行ってみたい!」
「分かりました。じゃあ、早速出発しましょうか」
ミナト地区は夏の気温を保っているエリアだ。長袖のままでは暑いと思い、サオリに水色無地の半袖シャツを渡して着替えさせた。暑いのが苦手な詠斗も夏仕様の白いワイシャツに着替える。
車庫からセレリタス号を出して、ミナト地区まで飛ばした。
ミナト地区の境目は、光でできたバリアで区切られている。人工太陽の影響を他エリアに出さないためだ。
入ることができる8本の道路にはそれぞれ無人の関所があり、そこにある機械にストレスカウンターを向けることでゲートが開けられる。
「暖かいね、エイト!」
今日は割と詠斗たちの住む場所は気温が低かっただけに、ミナト地区の気温が一層高く感じられる。
「それに、お家の近くと全然違う空気?がする」
「ここは昔バカンスで人気だった国・ハワイをイメージして環境を調整していますからね。さて、水族館に行きますか」
詠斗はミナト地区の市街地を通り、有名なツクリ海岸側の駐車場に車を止めた。
駐車場は崖の上で、柵からは荒波が岩に打ち付けられる様子が見える。
「これが海?すごい音立ててる」
「ここは岩場ですからね。浜辺はもっと静かで落ち着いてますよ。水族館を見終わったら、行ってみましょうね」
水族館はあそこですよ、と詠斗は坂の上にある巨大な建物を指差して坂を登る階段を上がって行った。