玄森の質問
答えていいのか、という目線を高橋に向けると、彼女は手で丸を作る。
どこまで話すか。この際感情をぶちまけてやろうか。そんな黒い感情が心の中を駆け回る。
「聞き返しで申し訳ないですが、玄森隊員、貴方は自分のことをどこまで知っていますか?貴方の問いに答える前に、そこを提示していただきたい」
「俺が復元された死刑囚だということと、虐待されていたってことは知っている。あとは…顔が思い出せないが、大事な存在が幼い頃にいたことだけだ」
この身体の傷跡は殆どが両親に付けられたものだ、と自嘲するように玄森は吐き捨るような口調で吐き捨てるように僅かな過去を語った。
顔の思い出せない大事な存在は恐らく柳のことだろう。その辺の記憶は消去対象のはずだが、それが残っている辺りに能力者の細胞の記憶力を感じさせられる。
「なるほど。では、貴方の質問にお答えしましょうか。玄森隊員と柳さんは、共に50年前に生きていた能力者です。成人期には関わりがないですが、幼少期に同じ町に住んでいたみたいですね。玄森隊員も柳さんも、虐待を受けて育っていました。住んでいた町の空き地で、柳さんと玄森隊員はよく遊んでいたとの目撃情報があります」
「俺と祥子が…本当は50年前の人物」
「結論は、貴方と柳さんは確かに過去に関係のある存在ということです」
「この前の事件は祥子の能力が発現した、ってことか…」
「そういうことです」
「玄森隊員、聞きたいことは終わり?」
会話が途切れかけたところで、高橋が玄森の肩を叩いた。
「…もう聞けた。これからは、俺の問題なだけだ」
「おや、他に聞きたいことはないんですか?」
「ない。それに俺は自分から祥子に会うつもりはないから、話は俺の中で完結する。じゃあな」
「玄森隊員、本当にいい?礎隊員は仕事のサイクルが違うから、中々話はできないですよ?」
高橋が釘をさすが、玄森は少々オロオロしている高橋の手を強引に引っ張り、エレベーターに乗って行ってしまった。
「なんだ、やりがいのない。あれだけを知って、何をするっていうんだ?」
シガレットをもう一本加え、タバコを吸う真似をする。
あれだけの会話で、柳との記憶に辻褄が合ったのか?
50年前の人物(玄森本人は死刑囚、柳は能力者)だということを知ってどうするのか?
玄森の真意は計りかねるが、知ろうとも思わない。
あいつは礎にとっては『敵』なのだ。
「…柳さん。貴方はどうなっていくんでしょうね。僕は貴方を守れるんでしょうか。乾いていた私に風を吹き込んでくれたのは、間違いなく貴方なんです…だから…」
短くなったシガレットを口の中に収め、コロコロと転がす。
溶けるまでの時間が、妙に短く感じられた。