ここで行われていること
腕輪を翳すと、黄瀬の言う通り最奥に繋がる扉が開く。二人が入ると、扉は蒸気音を出してすぐに閉まる。
通路内は薄着ではかなり寒く、凍えてしまう。
「なんでこんなに冷やしているんですか、黄瀬さん」
「ここからは側にある実験室によって温度差がかなりあるんだ。その日その日の実験の結果でこの室温は変わる」
何故、と聞いても黄瀬は一度見れば分かるだろうと一番近くにある実験室を開けた。表札には<第一実験室>と書かれている。
扉を開けると、異常な熱気が漏れてくる。それと同時に、若い男性のただ事ではない雄たけびが聞こえてきた。
「やめろ、やめてくれ!私は家族を殺してなどいない!!」
体格のいい金髪の男性が、実験台に拘束されて悪夢を見せられているようだ。比較的自由な手を必死に動かし藻掻いているのを、強化ガラス越しに研究員に監視されている。
「黄瀬上級研究員、お疲れ様です」
手うちわで顔を仰ぎながら、一人の男性研究員が黄瀬に挨拶をした。
「こちらのエアコンを10度設定にし、更に強化耐熱ガラスを二倍に増強したというのに、この熱量ですよ。悪夢のレベルを一段階上げたからでしょうかね。監視も緩くないです」
「悪夢のレベル…?この暑さは、あの男性が起こしているのですか?」
「本人が嫌う夢をこちらで構成し、見せているんだ。彼は能力者因子の<痕跡>があった者だ。痕跡から構成を連想し、能力者にしている。彼は熱を操る能力者。強い精神負荷がかかればかかるほど、広範囲に灼熱を生み出すことができる。今の状況を考えると、あの実験台の周りの空気は前回の実験よりもかなり上がっているだろうね」
これが50年前に行われていた実験の内容だと黄瀬は固い表情で詠斗に告げた。普段のヘラヘラしたような表情を、この最奥で黄瀬が浮かべることはない。
「あの場では目的と言ったが、実際にはほぼ方法は確立されているんだ。残っている課題は、50年前にも躓いたもの。能力者の制御不能を100%防ぐこと」
「黄瀬上級研究員は、崎下を助手に選んだのですね。まあ、適任でしょう。ほかの上級研究員の方はまだ人選を迷っているようですし」
詠斗なら安心して仕事を任せられます、とその研究員は頷いたことに、黄瀬は固い表情を崩さずに腕組をした。少し不満の意を表すときの黄瀬のモーションだ。
「失礼しました。他の実験室も回るでしょう。そろそろ<フレア>…被験者の精神も限界でしょうから、悪夢を解除します」
研究員はバツが悪そうに、机の上に置かれているパソコンを操作して何かを解除した。男性の絶叫が止まり、力が一気に抜けてぐったりとしてしまった。
「<フレア>に鎮静剤投入、悪夢解除しました。室内温度、25℃。拘束を外し、個室に搬送します」
研究員がそうアナウンスすると、男側にある扉から軍人が3人入室し、乱暴に男を担架に乗せて運び去っていった。