過去の大戦
まだそんな絵空事を高官は考えているのか、と桜井は内心呆れていた。
現在の世界の上層部もエリアを広げることに躍起になっている者が(気持ちを表に大々的に出さないとはいえ)ほとんどであるということを、普段井の中の蛙である高官様たちは真面目に取り合っていない。こちらがその気になれば簡単に制圧し、領土を奪うことができる程度にしか思っていない。
それに二ホンエリアが治安を維持できているのは、この狭い島国(領土)を統治しているからである。
元々二ホンエリアに住む人間は争いを好まない。戦うのは自分たちの生活が脅かされる極限の時だけで、基本的には世界からアリクイと揶揄されるくらいの民族だった。
だがその他のエリアのほぼ半数は好戦的な民族といってもいい。
自分たちさえよければいいという理由で、太古から周囲の平和主義を掲げるエリアを攻め、制圧してきた。領地にした区域には徹底的な階級制度を取り決め、地元民は搾取されるだけの存在になる。
その形が壊れたのが、百年前に終わるまで何回と起きた世界大戦だった。
イナフ国が全世界に仕掛けた侵略戦争を皮切りに世情が泥沼になったこと、イナフ国がスパイを駆使して敵対する国同士が協力しようとするのを阻止し疑心暗鬼を振りまいたことで同盟を破棄させたこと。イナフ国はしばらく優勢だったが、内紛で中枢が崩されたことにより防御力が低下したところをプレスキーエリア軍に核を全区域にぶち込まれ壊滅状態になった。
だがその着弾前に、イナフ軍もやけになり全世界に破壊光線を降り注がせた。
結果として世界は焦土と化した。
ただ一国、二ホンエリアは芹馬一族が私財を使って研究した当時の最先端防御壁・ミラージュバリアを常時展開していたことで破壊光線を防ぎ、土地と国民を守り抜いたという経緯があった。
今でもイナフ国の少ない生き残りやエウロパエリアの白人至上主義の人物が着々とまた動き出そうとしているのを認知し対応しようとしているのは、二ホンエリア軍の兵士と桜井ぐらいだろう。
二ホンエリアの軍は、大戦の後に宣言している。
『仕掛けて来ない限り、我々は他エリアに干渉しない。他エリアの復興に協力は惜しまないが、我々の生活を脅かすものは徹底的に排除する』と。
好戦的な民族を取り込んだところで、内部崩壊を仕組まれかねないのが現実であることを桜井は防衛線をするたびに痛感していた。
「お言葉ですが、我々からの自発的な占領は過去の宣言で否定を…」
「なにを言っている。今や正式な軍事力は異論を全て弾き返せるだろう。そのために能力者も居るのだしな。我々こそ<神の民>であることを示すのだ」
<神の民>。古今東西、どの人種もそれに固執する。
自分たちこそ神に作られ、一番優れた民族であることを示したがる。
それは悲しいことに、大戦が終わった近代に尚更広まる考え方だった。
生き延びたからこそ、選ばれているのだと。