桜井は激おこ
(高官は全員の意見が一致しなければ命令を下すことができないはずだ。それに柳祥子の心理実験は高官にも伏せられていたはずでは)
礎が心の中で考えを巡らせている通り、高官の権限発動はあくまで全員一致が必要と決められている。
個の暴走を防ぐためでもあり、また全員が納得しているという結果でもあるからだ。
まず、秘書である永瀬に桜井とのコンタクトを要求した。
今回のことは既に耳に入っていたのだろう、今すぐ執務室に来るようにとの返事だった。
15階の執務室に向かうと、部屋に近づいていくたびにピリピリと静電気が不規則に身体を這う。
桜井の能力だと思われるが、本人もイラついているのだろうか。
入り口には永瀬が立っていた。
「永瀬秘書」
「入れ。桜井司令官がお待ちだ」
どうしてと聞く間を与えず、永瀬は扉を開けた。
執務室の机では、桜井が今まで公の儀式の際にしか見せない固い表情で目の前で手を組み、バチバチと回りに電流を迸らせていた。
「…礎ミナミ君」
真剣な顔で名前をフルネームで呼ぶときは、桜井の真剣な怒りを表すときの癖だ。
「今回の件、君は報告を受けていなかったのか?」
「はい。私は通常通りの身体検査をするという報告のみ受けておりました。技師曰く、芹馬高官の指示とのことでしたが…」
正直に答えるが、桜井は姿勢も鋭い目線も礎から逸らさない。
「芹馬高官がことの黒幕だという証言を取ったということは、評価する。だが何故礎救護隊員は、柳祥子から離れた?事前に報告されていた検査が30分以上かかるとはいえ、君の業務には彼女の側にいることが含まれている」
「申し訳ございません」
「礎ミナミ、君が制御室に居れば今回のことは防げた。そのことは肝に銘じるように」
「…はい」
桜井は巨大な雷で槍を作り、礎の喉元に切っ先を当ててきた。
思わず礎もゴクリと息を飲み、冷や汗をかく。
雷を霧散させると、桜井ようやく固めていた姿勢を少々崩し、右手の人差し指でトントンと規則正しく何回か机を弾いた。
「芹馬高官、いや高官全員に柳祥子は今は一般人であることは公表していた。彼女が能力者であることは、先代から聞いている者もいれば、知らない者もいる。芹馬高官はおそらく知っていることを隠していたのだろう。礎君も知っている通り、高官は一人で勝手に物事を決めることは許されていないが、高官の総意を伝える会議開催も、私は受けていない。もし本当に芹馬高官が一人で動いたのならば処罰対象になりうるが…」
桜井が重点を置いているのは、芹馬高官が独断で動いたかどうかだった。
「しかし、噂にたがわぬ危険な能力だ。確固たる心がなければ、柳祥子の能力を抑えることは難しそうだな。礎ミナミ、任務を追加する。彼女の側を片時も離れず、常に注意を払え。これから彼女はしばらく心理的に不安定になるだろう。ケアと監視を最重要視するのだ」
「…畏まりました」
「では退室していい。私はこれから高官を緊急招集する」
話が終わるころを見計らって、永瀬が入口の扉を開けた。