黒幕は誰だ
装置が過剰に稼働していたのだろうか、断線した部分から白煙とプシュー、と吐き出され、行き場を失った電流が迸る。
柳の苦悶を浮かべた表情は解けたものの、悪夢の影響か未だグッタリとしたままで小さくうわ言をぶつ切りに呟いていた。
玄森がブレードをすぐに収め、数秒物憂げに柳の顔を見つめると踵を返し退室していこうとするところを礎が視線を向けないまま引き留める。
「おい、玄森漆」
「…なんだ」
「今回のことに関しては…礼を言う。だけど、もう柳さんには近づくな」
「…」
玄森も礎の方へ振り向かず、返事なく無言で去っていった。
「分かっているのか」
返答を得られずイラついた礎が声を張るが、その時にはもう玄森はいなかった。
「柳さん」
目を瞑ったままの柳の汗だくな頬に、礎はそっと手を添えた。
紅潮した頬は白桃のような赤みを帯び、脈が荒く打たれている。
時間つぶしなどせず、制御室に入っていればこんなことにはならなかったとひどく後悔した。
「礎救護隊員…」
制御室に籠っていた技師が、申し訳なさそうにおずおずと礎の背後に立っていた。
声が聞こえ、存在を確認するやいなや礎はその技師の襟首をがっしりと掴んで顔をドス黒い赤色にしていた。
技師に憤慨しても、意味がないことは知っている。彼らは命じられる下手人なだけで、彼らがこの実験をすることを決めたわけではない。
そして上に決定されれば、その命令に逆らうこともできない立場だ。
柳が肉体復元をされて蘇った人間だということを知っている者もごく一部で、末端の研究員や技師は知るはずもない。
「誰がこの実験を命じた…!?言え!今日の検査内容の報告、私は一切受けていないぞ…!」
憤怒を露わにする礎に、技師は気おされ元々悪い顔色を更に悪くする。
「とある高官からの指示でした…!『桜井司令官には話をつけてあるから、こちらから指示する実験を行え』と…。それが、今日行った『脳を刺激し、過去の記憶を思い出させる』実験でした…」
「その高官の名前を言え!桜井司令官に直接確認する…!」
「芹馬宗二…様でした」
芹馬宗二…。いい噂は全く聞かない高官だ。
芹馬一族は昔の世界大戦の頃から二ホンエリアの軍事力を私財を投げうって強化した功労で、何代にも渡って高官に任命されてきた存在だ。
当代の芹馬宗二は現在も二ホンエリアが世界のトップであるために軍事力を強化することを念頭に置く男で、能力者研究を認定・進行するために他の高官に根回しをしていたと言われている。
「芹馬…宗二…!」
名前を呟くだけで、はらわたが煮えくり返る。
技師の首から手を離し。深呼吸をして冷静を取り戻そうとするフリをする。
「柳祥子を個室に丁重に戻し、静養させろ。分かったな?くれぐれも、刺激をするな」
怒気が未だ言葉の端々に洩れる。技師はガタガタと震えながら「畏まりました」と敬礼した。