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9度目の転生

9度目の転生

作者: 丸井竹

転生するのは8度目である。


一度目は農夫だった。いうなれば村人AとかBとかそんな感じの身分だ。

二度目は冒険者だった。レベル的にいえばCとかBとかそんな強さだ。

三度目は御針子だった。婚礼衣装の注文がくるとほくほくして針をとった。

四度目は木こりだった。やはり村人Dあたりであろうか。

五度目は鍛冶屋だった。生まれた家が鍛冶屋だったからそれはそうなるだろう。

六度目は魔法使いの助手であった。助手といっても魔法が使えない方である。

七度目は商人であった。行商人の馬車の中で生まれたのだから必然であった。


ここまで見事に職業が被っていない。

まるでまだやっていない職業の中から次の転生先を探しているような感じである。

そこに自分の意思は当然ないわけだが、どれもこれもしっかり記憶が残っており、さらに全部ぱっとしない人生であった。


別にこの7度の転生に不満があったわけではない。悲惨な死は3度目の事故死と、6度目の魔法使いの魔法の暴走に巻き込まれて死亡といったところぐらいだろうか。

2度目の冒険者の時は当然のように強めのモンスターに殺されて、即死だった。一番良い死に方だったかもしれない。


さて8度目である。

何をとちくるったのかなんと勇者に生まれてしまった。


7度も凡人を続けてきた身としては、ここはぜひとも宿屋の主人とか、パン屋のおやじとかそっちの方へ流れて欲しかった。


しかし、勇者と生まれてしまったからにはやるべきことがもう決まっている。

7度も転生したのに一度もやったことがないことをやらないといけないのだ。

前世の記憶の中から今回の人生において使えそうなスキルといえば冒険者だったころの剣の腕だろうか。


だがそんな数百年前のスキルなどさび付いたフライパンほども役にたたない。

皆勇者と聞けば生れ落ちてすぐに、やるべきことがわかっていて完璧に魔王を倒してくれると思っているふしがあるが、それは幻想だ。


凡人しかしたことがない俺が勇者と言われても、ついつい廊下は端っこを歩いてしまうし、王様の前に出れば頭を床に擦り付けんばかりに恐縮してしまうし、魔王と対峙した日には、とても呼び捨てに出来る気がしない。


「おい。魔王!これからお前を倒す!」


絶対に言えない。

せいぜい言えるとしたらこの程度だ。


「ちょっとすみません。魔王さん、これから倒させて頂きます」


凡人を極めたと言ってもいい自分がなぜ今更勇者なのだ。

こういうのは


一度目の転生で王子。

二度目の転生で王様。

三度目の転生で王国一の魔法使い。

四度目の転生で王国一の剣士。

五度目の転生で魔王。

六度目の転生で最強錬金術師。

七度目の転生で異世界転生者の特別スキル持ち。


この辺りまでくれば8回目で勇者といっても許されるだろう。


一体どうしてこんなことになってしまったのか。

7度も極めてきた凡人人生はなんだったのかと思う。


仕方なく俺は勇者にふさわしい装備とやらを国にせかされ手に入れた。

お供はこれまた勇者のお供にふさわしい立派な経歴の魔法使いやら戦士やら、賢者やらであるが、もうこれまでの凡人トークが全く通用しない。


なんという居心地の悪さなのだ。


商店街のパンの話や、鍛冶屋の一人娘が可愛い話、洗濯に使う石鹸の話とか、たまには安酒飲んで下品な話とか、俺の凡人人生であれば当然あった話題が欠片も出ない。


口を開けば世界情勢がどうだとか、魔物のボスにも派閥があるとか、魔王の欠点を探るべく調査団の派遣をするだの、なんともかんとも、酒のまずくなるような話ばかりだ。


これはもうさっさと勇者の仕事を終えて、自由な凡人生活に戻るしかない。


俺はもう黙々と仕事をすることにした。謹厳実直な仕事っぷりは定評があるのだ。

凡人人生においてはだが。


だいたい勇者に必要なのはなんなのか。

黙々と魔物を倒し、材料を集め、売りさばいては装備を鍛え、さらに魔物を倒し、さらに強い装備を手に入れて、よくわからない魔法も次々と覚える。


勇者の仲間たちは皆優秀だから黙っていてもどんどん成長する。

途中で三角関係の恋愛問題に発展したり、私はあなたのことを信じるなどドラマチックな言葉を言われたり、とりあえず魔王を倒すまで協力しやるとかなんとか人間ドラマがあったりもしたが、初の勇者人生だ。


お約束なのかどうかもわかるわけがない。

さて、そろそろ魔王の城というところまでやってきた。


ここまでくると次に心配になるのは次の転生先である。

出来ればもう終わって欲しいが、もし9度目がくるなら一体どんな職業を割り当てられるのか。

ここまで8度とも被っていないのだ。


となれば9度目はやはりまた初めての仕事ということになる。

だがもう勇者までやってしまえば何でも良い気もする。


そんなことをつらつら思いながら魔王を倒しに行き、まんまと返り討ちにされた。


「ああ勇者よ。死んでしまうとはなんと不甲斐ない」


と思ったら教会で生き返った。

なんだか台詞がお約束と微妙に違う気がするが、そこは気にしない。


実はまだ足りない武器があったとか、最強の魔法が見つかったとか、全員生き返る薬があるだとか追加の冒険が始まったりもしたが、これでだいたい勇者のお約束は終わったのではないかと思われたところで、再び魔王城へやってきた。


さあ今度こそ勇者人生を全うし、退屈で自由な凡人人生だ。

俺ははりきって勇者最後の台詞を叫んだ。


「お邪魔します!魔王さん。今度こそ倒しにきました!よろしくお願いします!」



9度目は凡人でお願いします。


果たして、これもお約束通り魔王を倒した。


さて8度転生してみてわかったことであるが、やはり凡人がいい。

道筋が決まりすぎていて、自分の人生を生きている感じがまるでしないのだ。

割り当てられた役を演じているようだ。


俺の人生ではなく、まさに勇者の人生なのだ。


魔王を倒せばお約束のパレードに始まり、姫を娶るか、パーティーを組んでいた魔法使いとか、幼馴染とかそんなところから花嫁を選ぶのかとか、そんな話が始まるが、俺の意思はどこに反映される余地があるのかと言いたくなるほど隙がない。


とりあえず、勇者として尊ばれながら勇者風にふるまうことでその人生を乗り切った。

さあついに9度目か、あるいはこれで終了するのか。お迎えをまつばかりだ。


寝そべった寝台はふかふかでこれまでの8度の転生人生のなかで最高級の物であるが、最後まで自分の物という気がしなかった。

貧乏性なのだろう。さあ来い。次の転生。


8度目の転生人生の死因は穏やかな老衰であった。



――




天国の魂総合受付所。


その建物は真っ白で天井は高く床はどこまでも広い。


部屋の中央付近には間を広くとって、白い机がいくつも並んでいる。

その上に申請用紙が4種類置かれていた。


ピンクは転生申請書。記載枚数5枚。

水色は転生終了届。記載枚数10枚。

黄色はお任せ申請書。記載枚数2枚。

紫はあみだくじ申請書。1枚。


全ての机に注意事項が大きな文字で張り付けられていた。


「転生前の記憶は持っていけますが、ここ魂総合受付所での記憶は持っていけません。用紙選択には十分ご注意ください」


俺は机の上に置かれた初めて見る申請書を眺めた。

だが、記憶に残っていないだけですでに8回これに記載したことになるのだ。

なるほど。

ここに来て俺は自ら8回の転生を希望したということだ。


これは意外だったと、今回は当然水色の転生終了届に手を伸ばす。

10枚も書くのは非常に面倒だが、もうこれ以上ないぐらい面倒な人生を送ってきた。

少々ここでの滞在時間が長くなったところで構わない。


思った以上に分厚いその書類を手に取りかけた時、たった一枚で済む紫の用紙が目に留まった。


あみだくじの出発地点は9個あり、それぞれが折れ曲がった線の先に繋がっている。

そして最後の答えの部分には銀色のテープのようなものが貼ってあり、こんなことが書いてあった。


「重複無し。転生してからのお楽しみ。出発地点を選び、丸を付けたらそのまま受付窓口に提出してください。一度あみだくじ申請書を選んだ人はその人専用になったあみだくじが残っています。新たな用紙を取らずに窓口にお尋ねください」


なるほど。俺はこれで右から一つずつ出発点を選んで、8つ目の出発点で勇者になったのだ。

確かめるべく、窓口へ進んだ。


「あのー。俺のあみだくじ申請書ってありますか?」


窓口にいたきれいなお姉さんが笑顔で顔を上げた。


「はいはい。今お調べしますね。あ、ありますね!8つもゴールが開いています。どうします?あと残った出発点は9つ目になりますが……あみだくじにします?」


やはりこれであったか。

俺は合点がいった。


俺専用のあみだくじは8つのゴール地点の銀色のシールが剥がされており、勇者の字が見えていた。


あと隠されたゴールのシールは一つだけだ。


だが、どう考えても9個のゴールがあって、1つが勇者であと7個が凡人であったことを考えると、このあみだくじ申請書の当たりは間違いなく「勇者」である。


ということは、残りの9個目は凡人だ。


凡人になったら、近所のかわいい子の噂話に花を咲かせ、こつこつと商売をして金を貯め、仲間と飲みに行き、たまには大変な暮らしをするかもしれないが、多くの命を背負う重責もなく、手に届く範囲の幸せを大切に生きていける。


最後にそんな慎ましい人間らしい生活を満喫するのも悪くない。

俺はあみだくじの最後のスタート地点に丸を付けた。


「では転生窓口にご案内しますね」


灰色のシールを剥がしてくれるのかと思いきや、受付のお姉さんはそのまま俺を窓口へ誘導した。そういえば転生してからのお楽しみにと書いてあったな。

もう一度戻ってきたら答え合わせといこうじゃないか。

次の凡人が楽しみだ。

俺は長い転生者の行列に並んで順番を待った。


――



暖かな日差しの差し込む心地の良い部屋であった。

目に入ったのはふわふわの毛皮だ。


なかなか裕福な家に生まれたらしい。

転生するのはこれで9度目だ。

なぜ9度も転生してしまったのかわからないが、とりあえず前世では勇者だった記憶まである。


勇者であるときは凡人でありたいと願ったが、今度はどうだろう。

出来れば前世のスキルが生きるような職業が良いが。


その時、目の前の毛皮がもこもこ動き、巨大な獣の顔が現れた。

魔物かと思ったが、よく見れば凶暴な顔ではない。


その獣は長い舌を出して俺の顔を舐め始めた。

おいやめろ!

叫ぼうとして口を開いた。




「わんっ!」




――



天国の魂総合受付所。


白い制服姿の受付嬢が既に8か所のゴールを剥がし終えたあみだくじの最後のテープを剥がし、首を傾けている。

テープの下から「いぬ」の文字が現れた。

同僚の受付嬢が覗きこんだ。


「えー!この人はずれまであけちゃったの?」


「順調に来ていたのにねえ」


あみだくじ申請書の一番下に小さな字でこう書かれていた。


「このあみだくじには当たりが一つ、はずれが一つ入っています」


















――



9度目の転生者、いや、転生犬だ。

これまでの転生人生はほとんど生かせていないが、人間の言葉がわかるのは助かっている。

おかげで無責任な快適人生…じゃなくて犬ライフだ。

しかし、今度こそもう転生したくないものだ、一体どうしてこんなに転生してしまうのか。

次に生まれ変わる時は神様に文句の一つでも言ってやろうと思っている。



The end.







拙い作品を読んでくださった全ての方に感謝致します。

ありがとうございました。





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