毛玉
物心ついた頃から、ミノはワタルと一緒にいることが多かった。
家が隣とか、学校が同じとか、親の職場が同じとか、そんなことは全くなかった。
ミノの父親は、牛の飼葉桶を作る職人だ。
あれは、12歳くらいの頃だったと思う。
ミノがお使いで町の外に飼葉桶を届けた帰り、橋の下で足を怪我をした鳥を見つけたとき、たまたま通りかかった少年がワタルだ。
橋の上からミノのことをじっと見ていると思ったら、走って下まで降りてくるなりワタルと名乗り、
「僕にやらせて。」
といって鳥を引き取った。
ワタルはなぜか肩から下げた大きな鞄の中に晒しのような白い布やハサミを持っており、布を器用に患部に巻き出した。
上手いものだと感心していると、ワタルは「内緒だよ」と言って走り去っていった。
弱っていた鳥を手当だけして放置するわけにもいかず、ミノは水や食べ物を与えてやることにした。
結局、翌日に様子を見に来たワタルとともに回復まで面倒を見ることにしたのだ。
橋の下で二人で数日間世話した後、回復した鳥は空へと飛び立っていった。
元気に遠ざかっていく鳥を見ながら、良いことをしたと思った。
その日の夜、ミノは怪我も病気もないのに父親に町の診療所へと連れていかれた。
道中、ミノは質問を繰り返した。
「父さん、どうしたの?こんな夜中に診療所は開いていないよ。迷惑ではないの?」
父は首を振りながら、
「診察じゃない、お医者様に用事があるんだ。」
と言ってミノを引っ張っていった。
重い木の扉を開けると、夜中だというのに診療所の灯りはついたままだった。
確か、お医者様の家は隣の建物だったはずだ。まだ仕事中なのだろうか。
「来たね、そこに座りなさい。お父さんも一緒に。」
初老の医者は、ニコリともせずに二人に椅子を勧めたので従った。
横を見ると、もう一人が椅子に座っていることに気づいた。
ワタルは、医者の弟子だった。
父親を亡くし、この町で医者をしていた伯父に弟子入りしており、
ミノと鳥を見つけたのはお使いをしていた帰りだったらしい。
どうりで、鞄の中に晒しやハサミが入っていたはずである。
扱いも手馴れていたわけだ。
ワタルは悔しそうに唇を噛んで俯いており、医者である伯父に睨まれていた。
その伯父が言うには、
この町では、乳牛の飼育を主な産業としており、布はほかの町から買っているため貴重だ。
あの晒しは、その布を綺麗に消毒し、管理にも気を使い、怪我人専用に用意した高価なものらしい。
ただでさえ、医者にかかるのは金がかかる。
怪我人の治療に使うべき貴重な物資を、家畜ですらない野生動物に使うなんて以ての外、
使ったワタルが悪いのは当然だが、
それを止めることなくそそのかしたことは、怪我人を一人見殺しにすることと同じということらしい。
「我々は万能ではない。全てのものを救うことは、できないんだ。」
医者はミノの目を見て言った。
「私たちは強くはない。どれだけ辛くても、必要なものだけを選ばなければならないんだ。」
帰り道、ミノは何も喋らなかった。父親も、あえて話しかけようとはしなかった。
その日から、ミノとワタルはなぜか二人で行動することが増えた。
仕事の合間に傷ついた動物を保護し、
木の皮や葉などを集め、人間用の医療物資以外のものを使って動物の治療を行う方法を探したのだ。
ワタルが治療を行っている間に、ミノは食料や水を集めてきた。
父親たちが見て見ぬふりをしていたことは幼心にも分かっていたが、
気付かないふりを続けていた。
そんなある日、5日前に保護した鹿が死んだ。
足の怪我が良くなり、昨日まで元気に木の実を食べていたのだが、
今日になって急に弱りだしたかと思うと、すぐに動かなくなった。
「ワタル、どうして死んだのか分かる?」
ワタルは首を振った。
二人で鹿を埋め、無言で家の方へと歩いて行った。
「怪我は良くなっていたし、体力が戻るのを待っていただけだったのに。」
ワタルは何やらブツブツとつぶやいていたが、死んでしまったものは戻らない。
やがて、唇を噛みしめ静かになった。
本業に支障が出なければいいけど、と心配しながら歩いていると、
ミノの目に路上に丸まった黒い毛玉が留まった。
「ワタル、何かおかしい。」
「猫が眠っているんじゃないかい?」
チラリとだけ見てそのまま通り過ぎようとしたワタルの袖を引っ張って、ミノは毛玉に近づいた。
確かに猫のようだが、体がピクピクと痙攣している。
ミノが体に触れようとすると、猫は毛を逆立てて警戒し、
そのまま力なく塀に上がるとフラフラと去っていった。
「何か病気だったのかな。」
ワタルが呟くが、猫の姿はもう無かった。
病気の動物に触ってはいけません、なんて言っても助けようとするんだろうな、この二人は。




