町の判定士
設定は中世ヨーロッパに類似したどこかの国。
出世欲など無縁の化学オタクの女の子が、色々なことに巻き込まれてしまうお話。
太陽が眩しい。
青々とした麦の穂が、秋はまだ遠いと教えてくれる。
蝉の声が体感温度を上げるなどと言われているが、蝉がいないこの地方でも暑いものは暑い。
「ごめんくださーい」
接客用の小窓から顔を出すと、体格がいい男が桶を持って立っていた。
この暑いのに分厚い作業服を着こみ、袖を肘までまくり上げている。
作業着が少し灰色に汚れているところを見ると、大工か採掘を生業とする者だろう。
「村の隅で家を建てようと穴を掘っていたら、井戸を掘り当ててね。この水を飲んでいいものかどうかわからないんだよ。」
ミノは桶を受け取った。
「金属の桶は困ります。金属の匂いが水に移って、元の匂いと区別がつかなくなってしまいます。その状態で、飲める水かどうかを判断することは難しいかと。」
「そんなこと言われても、こっちは飲めるかどうかで井戸にするか埋めちまうかを急いで決めなきゃいけないんだよ。手近にあるもので急いで持ってきたのさ」
大工(仮)はボリボリと頭を掻いた。
ミノは業務用の笑顔で答えた。
「今の状態で調べるか、改めて木の桶で調べるかを選んでください。今すぐ始めれば、3日後に結果を出せます。ただし、金属の桶に入れた影響が無いとは言い切れません。今から水を汲みなおし、明日改めてお持ちいただければ、それから3日後に結果をお出しできますし料金は一回分で済みます。」
「このままでは判断できないってことかい?」
大工(仮)はまだ引き下がらない。
しかし、ミノは水の判定士だ。この井戸水を飲んでも安全なものかを判断し、疫病などを防ぐことが生業である。かといって、飲める水を飲めないと判断することは貴重な水源を潰すことにも成り得るのだ。
数年前から趣味で始めた水の判定だったが、町の代官に目を付けられてからは役場公認の仕事となっている。ミノが飲める水と判断すれば、それは町の代官から安全を保障されたのと同じなのである。
即ち、適当に判定して間違っていれば、お上と客の集団私刑に合ってしまう危険があるのだ。
「金属の水は一旦こちらで預かって判定を始めますから、木の桶でもう一度汲みなおしてきてください。」
「分かったよ、親方に怒られちまうな。」
また頭をボリボリと掻きながら、大工(仮)は引き返そうとした。
ミノは笑顔のまま、引き留めた。
「代金を先に置いて行ってください。」
相変わらず頭を掻きながら帰っていく大工(仮)を見ながら、ミノは小窓を閉めてため息をついた。
桶の水を木の桶に入れ替え、更に陶器の器に小分けする。木の桶は蓋をして地下の貯蔵庫へ。
地下室は2部屋あり、左が食料の貯蔵庫、右が判定用の水の保管室に分かれている。
ミノは右の扉を開けて中に入った。石壁で覆われた地下室は、この時期でもひんやりと心地よい。
今は10ほどの依頼しか入っていないが、これからの時期は井戸や池の水を調べる依頼が増えるのだろう。
誰だって、暑い時期の食料や飲料の状態は気になる。
広く作られた保管室だが、ここがいっぱいになるとミノ一人では回しきれない。
役場に頼んで応援を呼ばなければならないだろうか。
窓口を長く空けるわけにもいかないので、水を置いたら地階に戻る。
棚から薬包紙を取り出そうとすると、窓口の方から馬の足音がする。また誰か来たようだ。
ここから、時間が戻ってミノの少女時代のお話になります。