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偽垢

作者: サンダー

 『偽垢』

1.

 「こんな夜には尾崎豊だよね。にしても、息子の裕哉が声似すぎてるとか泣かせるわ」

 よし。ツイートしよ。


 いつからか僕は人に言えない、正確に言えば人に言うのが少し恥ずかしい趣味を持ち始め、どこかで発散したくて「本垢」ではなく、いわゆる「裏垢」を持った。

 尾崎豊を聞いて勇気をもらってるなんて恥ずかしくて言えない。全くもって自分のキャラじゃない。


 現在、自分の本当のアカウント以外に、趣味や好きな芸能人、好きなものを投稿するまたは、人には言いづらい言えない悩みや愚痴を投稿する、いわゆる「裏垢」をもっている人は三割ほどと、どこかのネットニュースで見た覚えがある。

 僕が裏垢を、持ち始めたのは高校一年の時だ。

中学の時は人に晒せていた趣味のことや、日常のことが、高校という新しい環境になってからは、なんだか気が滅入る。一種のストレスなのか。

 裏垢を持って一年が過ぎた。高校二年になった僕は、クラス替えという環境の変化から裏垢をより活発に動かすようになった。


パンダ

@PND_official


「仲良くしとかないとインキャ扱いされるからめんど。インキャになるくらいなら無理してでも絡んどこ。」


4月24日 18:24


 僕の裏垢は、最初は趣味のとこを呟いて発散するだけだったが、いつからか日常の愚痴も言うようになった。今ではほとんどがそれ。

 フォロワーはゼロ。誰かに見られたくて始めたわけではないし、むしろ見られたくないものばっかだ。

 アカウント名は「パンダ」。パンダは、表向きは可愛くてみんなから愛されているが、結局は熊だから危なくて怖い。あの黒い目の奥は獣だ。

 普段はみんなの前で笑いを取って明るく好かれやすいけど、本性はねじ曲がってる嫌なやつ。そんな自分とパンダが重なって割と気に入ってるアカウント名だ。

 

 人目を過敏に気にする僕にとって、裏垢は誰の目も気にせずに思いをぶちまけられる最高の環境だった。


パンダ

@PND_official


「みゆうまじで可愛い。くっそ付き合いたい。付き合ったらおれのスクールカーストも上がるんやろうな。」


5月9日 17:45


 スクールカーストが僕にとって一番大切なものだ。スクールカースト上位にいれば、学校というものは上手くやっていける。

 もしこのアカウントがばれれば、僕は一気にスクールカースト下位になるだろう。性格がよくて誰にでも優しく面白い。そんな人間はこの裏垢にはいないのだ。


パンダ

@PND_official


「なんであいつがスクールカースト上位なんだよ。うぜぇな。落としてやろうか」


4月17日 17:30


パンダ

@PND_official


「ざまぁねぇぜ。やっぱあいつはその辺のスクールカーストで充分だよ。適当に話し合わせて、上手く過ごしていけばよかったんだよ。ばーか。」


4月30日 18:09







2.

 朝教室に行くと、スクールカースト最上位のゆうきが話しかけてくれた。僕はこいつが仲良くしてくれるおかげで高校生活楽しく過ごせている。

「おっす!なぁお前『偽垢』ってアプリ知ってるか?今話題らしいぞ」

「『偽垢』?なにそれ?」

「なんか変わったSNSで、ツイッターみたいに投稿が不特定多数に流れるんじゃなくて、ランダムにユーザーに表示されるらしい。だから、全く知らない人の投稿がランダムに見れるらしい。」

「変わってんな、おもしろそう」

「だろ?まぁおれはそれを彼女がやってて、喧嘩になったんだけどな」

 ゆうきは笑いながら言ったが、普段彼女の話を全くしないゆうきからその話が出てきて少し驚いた。相当な喧嘩だったのだろうか。

「まじか、大丈夫なの?彼女とは」

「まぁなんとかね。でもさすがに嫌だったね。聞いた話だと出会い系ではないけど、わざわざ知らないやつと彼女が絡んで欲しくないしね。」

「確かにね。誰も知らない裏垢とかならまだしもね」

「おれは裏垢も結構嫌だけどな。気持ち悪い」

 僕はそれを聞いて少しドキッとした。

 

にしても、『偽垢』ってアプリは気になる。最近いくら裏垢とは言え、たまに誰かにこの悩みを共感して欲しいなって思うこともあった。だから、余計に気になった。

 僕はみんなにバレないよう放課後になってから、『偽垢』をインストールした。アイコンがツイッターのハトが逆さまになって、水色ではなく深い青色の背景なのが粋でおもしろいと思った。

 

 「『偽垢』は、あなたの投稿がどこかの誰かに届きます!思ったことや言いたいことを誰かに届けましょう!」

 そんな紹介文がはじめに流れてきて、アカウント登録になった。アカウント名はもちろん「パンダ」

 アカウント登録が終わるとサービスが開始した。ツイッターと見る限り何も変わりがない。タイムラインに投稿が流れてくる。

 ただ違う点はいくつかあった。まず1つは、タイムラインに流れてくる全ての人が全くもって知らない人だ。年齢も住みも本当の名前も性別すら分からない。

 もう一つ違うところがあった。投稿に対して「いいね!」はできるが、返信はできない。つまり、『偽垢』で投稿に対しての会話はできない仕様だ。おそらくこれは出会い系と化さない為に施されたものだ。

 しかし、ツイッターと一緒でフォローとフォロワーの機能はあり、お互いでフォローしあっている場合は、DMで会話ができるようだ。つまり、「会話をしたいならお互いフォローしてください」ということだ。

 僕は素晴らしいアプリを見つけてしまったと感動した。自分の発言が「いいね!」によって共感を示してもらえる上に、誰からも言葉による干渉は受けない。まさしく自分が欲したアプリだ。

 僕は早速投稿をした。


パンダ

@PND_official


「裏垢ヘビーユーザーの自分にとってここは最高の居場所だ。これからよろしく」


5月15日 19:03


すると、投稿してすぐに「いいね!」がついた。通知を見ると誰が「いいね!」したか見れなかった。徹底して出会い系とはならないように対策がしてある。ゆうきはこの幾つもの対策を知っていたのだろうか?知らずに彼女と喧嘩になったのか?それとは関係なしに「裏垢」という存在が、やはりゆうきにとっては気に入らないものなのだろうか?

 




3.

 『偽垢』を使い始めて数週間が経った。僕は『偽垢』の魅力にひかれ頻繁、いや毎日欠かさず使っていた。

 

パンダ

@PND_official


「みんな偽垢やれば幸せなのに。少なくともストレス発散できてないのが、今の社会問題につながる部分はあると思うけどね。」


6月2日 21:10


 投稿すると通知がなった。「いいね!」が来たのだ。しかもいつもより多くの「いいね!」が届いた。

 僕は続けざまに投稿した。


パンダ

@PND_official


「僕の知り合いには裏垢は気持ち悪いっていう人がいる。その人は彼女がこの偽垢を使ってることで喧嘩になったらしい。出会い系ではないんだし、ストレスの発散させてあげてほしいわ。」


6月2日 21:14

 

 通知が鳴った。「いいね!」が来たのだろうと見てみると、

「あなたをフォローしました」と来ていた。

 このアプリで初めてこのような通知が来たので、驚いた。と同時に初めてのフォロワーに少し嬉しさを覚えた。

 

 フォローをしてくれた人のプロフィールを見に行ってみた。プロフィールといってもツイッターのように自己紹介などの欄はなく、ただユーザー名とアイコン、そして過去の投稿が見れるくらいだ。


 僕をフォローしてくれたのは「没神さん」(@god_is_where)という少し不気味なユーザー名だった。アイコンはタロットカードの死神のような画像だ。

 過去の投稿もいくつか見た。


没神さん

@god_is_where


「人間関係は難しい。なぜ苦手な人とつるまなきゃいけないの?」


6月2日 18:21


没神さん

@god_is_where


「あーつかれたー。でも明日が終われば楽しみだ!」


5月24日 20:37


 名前こそ不気味だが、愚痴や何気ないことを投稿しているごく一般的な裏垢って感じだった。

 しかし、さらに遡ると少し気になる投稿があった。


没神さん

@god_is_where


「彼氏と喧嘩した。このアプリのせいで。何がダメなの?まあでもあの人とは、私のカースト保つために付き合ってるから、これからはバレないようにしないと。」


5月4日 23:10


 この投稿を見てすぐにゆうきが浮かんだ。喧嘩したと言っていた時期とも重なるので少し焦った。しかし、ゆうきの彼女はカーストとか気にしなさそうな穏やかな落ち着いた子だから、そんなわけないと思った。第一、年齢も住みも分からないし、ランダムに表示されるのだからそんな偶然はないとも考えた。きっと彼女は僕のさっきの投稿が自分とあてはまり、共感してフォローまでしてくれたのだろうと思った。

 

 ただ、カーストのために行動をする、没神さんのその行為には強く親近感を覚えた。面白いことにこの投稿には結構な数の「いいね!」が来ていた。同じ考えの人がいるんだろうなと思って、少し楽しかった。

 僕は没神さんのことが気になったので、フォローを返した。すると、すぐに没神さんからDMが来た。まさかDMが来るとは思わずびっくりした。気になりすぐに読んだ。


「フォローありがとうございます。パンダさんの投稿が私と重なるところがあってフォローしちゃいました。」


 このDMの内容を見る限り、僕の思った通りただ僕の投稿の内容に共感を示してくれただけで、ゆうきの彼女ではないのかというのは要らぬ心配だったと少し安心した。僕は何の気兼ねもなく返信した。


「いえ!こちらこそ!フォローしていただきありがとうございます。まさか僕の話の人かなと思ってびっくりしました!」

「そのまさかかも知れませんよ笑」

「やめてくださいよ!これ以上は怖くて詮索できません笑」

「そうですね笑でもパンダさんの投稿見てると私とすごく似てて面白かったです笑カーストとかwww」

「カーストwww僕も没神さんの過去の投稿見ましたよ笑カースト主義は外せませんよねw」

「そうですよね笑自分でもバカみたいだなって思うんですけど、結局カーストで全てが決まってるんですよねw」


 僕は没神さんとの会話がとても楽しかった。今まで『偽垢』でしか言ってなかったこと、誰とも分かち合ったことない事を何も隠さず誰かと話すことができた。

 僕と没神さんは似ていた。高校生であること。仲の良い子はカースト最上位の人であるということ。その子のおかげで学校生活うまくやれていること。あと、みんなの前の自分は見せかけの自分であること。多くのことが似ていた。

 しかし、一つだけ圧倒的に違うこと。それは恋人の存在だ。彼女は自らのスクールカーストのために彼氏と付き合っている。自分の経験したことないことなので気になって聞いてみた。


「彼氏さんいるんですね?どんな彼氏さんなんですか?」

「うーん、かっこいいですよ!普通に。でも私はやっぱりカーストの為に付き合ってるにすぎないのでwそれで反感買われること多いけど、結局その人の彼女である私の方がそいつらよりカースト上なんで気分いいです笑だから彼氏は私から手放せません。笑」

「すごいです笑めちゃくちゃおもしろいです笑彼氏さんのこと好きって感じではないんですか?」

「そんな感情も芽生えてはいるんですが、ほとんど利用するって気持ちです。その想いが九割笑クソですよねw」

「そんなことないですよ笑その考えものすごく分かりますもん笑僕は恋人いないけどw没神さん見習って僕も彼女作ろうかな!笑」




4.

 没神さんと『偽垢』で出会って何週間が経った。

 僕たちは出会って以来ずっと会話をしていた。似ている人間だから話が弾んでひたすらに楽しかった。

 そして相変わらずお互い『偽垢』でトゲのある投稿をしていた。


パンダ

@PND_official


「うっわ、ふざけんなよ。なんでてめぇがあの子と付き合うんだよ。もし俺が付き合えてたら俺のカースト爆上がりだったのに。よこせ、ばか。」


6月15日 18:37


この投稿に没神さんが「いいね!」した。没神さんと話して以降、僕は自分のカーストを上げるためカーストの高い女子と付き合うことを目標としていた。

 没神さんは没神さんでこんな投稿をしていた。


没神さん

@god_is_where


「何を言ったってお前は私の彼氏とは付き合えないの。私がもう上手く独占してるから。ざんねーん」


6月15日 18:55


 没神さんは前彼氏にこのアプリのことで喧嘩になったのにこんなことを投稿していて大丈夫なのだろうか。もし自分がその立場ならすぐ辞めている。また「もしも」があるかもしれないし、前例があれば疑いは強くなる。そうなれば今まで作り上げてきたものが台無しになる。

 没神さんは相当強気なのかと思った。と同時に、この『偽垢』に依存していないと保つことができない脆い心なのかとも考えてしまった。



 梅雨入りが発表されて連日雨が降っていた。教室に着くと、明らかにいつもと空気が違った。異様な重い空気が包んでいる。僕には誰が原因かすぐに分かった。ゆうきだ。クラス全体をここまでの雰囲気にできてしまうのはスクールカースト最上位の人くらいだ。

 すると、クラスメイトが僕に話しかけてきた。

「おい、ゆうきに何があったか知ってるか?今日来たらずっとあんな感じなんだよ。怖くて仕方ねぇ。」

 ゆうきを見ると椅子に座りただ一点を見つめ、ものすごい形相で歯を食いしばっていた。歯軋りが今にも聞こえてきそうなくらいに。僕も今まで見たことないくらいに怒っている。むしろ普段全く怒らないゆうきだから、僕はより怖かった。

 すると、隣の教室からドンッ!と机か何かを叩く音が聞こえ、叫び声が聞こえた。

 クラスメイトの皆んなはその音に釣られるかのように隣の教室を観に行った。僕もそれについて行った。

 そこでは、複数の女子に囲まれて真ん中で泣いているゆうきの彼女がいた。囲んでいるのは普段からゆうきの彼女と仲良くしている、いわゆるスクールカースト最上位グループだ。目の前の光景とあのゆうきの様子を見ると何となく察しはついた。

 またバレたのか。なぜバレるんだ。バレたらやばいことくらい分かるだろ。

上手いこと裏垢を隠せないゆうきの彼女と上手くやれている自分を比べ、少しイライラした。彼女が変なことするとゆうきに影響があるから嫌だった。何かあって僕にまで飛び火して変なことが起きてほしくないのだ。

ゆうきの彼女を囲むスクールカースト最上位の女子たちがきつい口調で話している。


「ゆうきを弄んでそんなに幸せか?あ?」

「最低だな本当に、ゆうきが可哀想だよ。」

「ゆうきを使って私たちを蔑んでるのは楽しかったか?なぁ、没神さん?」


 最後の一言を聞いて、血の気がひいた。



5.

 なんて言った?おれの聞き間違いか?


 「なんだよ没神さんって、だっせえな。」

 「ゴッドイズウェアって何ですか?神様どこですか?」

 彼女たちはおちょくるようにゆうきの彼女に向って言った。


 僕が聞いたのは間違えではなかった。むしろ間違えであってほしかった。


 没神さんはゆうきの彼女だった。一番恐れていたことが起きてしまった。

彼女たちはどこまで知っているのか。まずなぜ彼女たちがアカウント名まで知っているんだ。

 僕のことはバレてないよな?僕がパンダだってことはバレていないよな?ひたすらにそのことを願っていた。心臓の鼓動が速くなる。あんなのがバレれば僕は終わる。積み上げてきたものがなくなる。


 ゆうきの彼女、没神さんはひたすらに唖然としていた。終わった。そう思っっているのだろう。没神さんは積み上げたものを失ったのだ。

 

「マジで最低、消えろ、私たちの前に現れるな。」


 その一言で何かが破壊されたように没神さんが泣き出した。そして立ち上がり叫んだ。


 「誰だ!誰だ!誰がリークしたんだ!ここの中の誰かだろ!ふざけんな!私がどんな思いで!私がどんだけ・・・」

 没神さんはそう叫ぶとその場に座り込み泣いた。

まさかのリークだったのか。没神さんは相当恨まれていたんだ。没神さんの想いを知る僕には耐えられない思いで見ていた。

 泣きじゃくる没神さんを見ながら囲っていた女子の一人が口を開いた。


 「はぁ?自業自得だろ?何、人のせいにしてんだよ。ふざけんな?ふざけんなはてめーだろ!大切なゆうきを弄びやがって!怒ってんのはこっちなんだよ。てめーのアカウント見たぞ、私たちとは表面上の付き合いだってな?腹立つな、なんでてめーが上からモノ言ってんだよ?私たちとてめーの間では何の思い出もねーよ!一緒にすんな!てめーなんかこれからは・・!」

 話していた女子の口が止まった。周りはざわつき始める。

何が起こったか僕も分かっていなかった。僕は泣きじゃくる没神さんを背に、話している女子の前に遮るように立っていた。僕が話している彼女を止めたのだ。

 

僕は何をしているんだ。なぜこんなことをしているんだ。没神さんなんて偽垢だけの関係だろ。現実なんて一回も話したことない。今僕がここを遮ってどうする。余計話がややこしくなるじゃないか。しかも、ゆうきじゃなくこの没神さんを庇えば僕だって終わってしまうじゃないか。積み上げたスクールカーストが・・・。

 

 いや、そんなことは言ってられない。僕と全く同じ境遇の人間のこんな状態を無視することができなかった。無視すれば何か自分を見捨てるような気がした。

 

「もうそれくらいにしといてやれよ。かわいそうだろ。」

 声が震えそうなのを必死に抑えながら言った。

 「はぁ?おまえだれ?ゆうきの仲いいやつだよね?なんでこいつ庇うの?お前に関係ないし、てかゆうき見捨てるの?」

 そうなんだ、今ここでこの子を庇えばゆうきを見捨てることになる。つまり僕は今のスクールカーストを捨て、楽しい学校生活が送れなくなる。分かっている。でもやっぱり没神さんを見捨てることはできない。

 「お前らは分からないかも知れないけど俺はパンダだ。俺にはこの子を守る責任がある。」

 そういって僕は座り込む没神さんの手を引き教室を出た。それは突然現れたピンチを救うヒーローのように、待ち望んだ白馬に乗った王子様のようにかっこよかったのかもしれない。

 

僕は没神さんを連れて人気のない階段についた。没神さんに目をやると、何が何だか分からない、そんな感じでまだ目からは涙がこぼれていた。。

 「急にあんなことしてごめん。でも放ってはおけなかった。僕はパンダだから。没神さんのこと知ってたから。あんな最悪なことになって・・・」

 言葉が出なかった。何と言ってあげればいいか難しいし、自分のやってしまったことの大きさも考えると言葉に詰まる。

 「ほんとにパンダなの?」

 震える声で没神さんがそう言った。その声にはあと少しでも何か衝撃が加われば完全に崩壊してしまいそうな没神さんの今の心が反映されているような脆く切ない声だった。その声を聞いて僕は決心した。

 「そうだよ、僕がパンダだ。君はあんなことになってしまったけど僕もなかなかのことをしちゃったよ、お互いやばいね笑でも大丈夫。君には僕がいる。これから一緒に頑張ろう。あんなグループくそくらえだよ。スクールカーストなんてしょうもない!二人で楽しく過ごそう!」

 僕は没神さんを不安にさせないように明るく話した。本当は不安だ。怖い。これからどう過ごせばいいのか不安で仕方なかった。でも、心はなぜか晴れやかだった。心のどこかで本当は思っていたのかもしれない。スクールカーストなんてくそくらえ。そんなものに縛られて生きたくはない。

 「本当に?大丈夫なの?」

 伏せた顔を少し上げて上目遣いでとても不安そうに没神さんは僕に聞いた。

 「ああ、もちろん!二人で頑張っていこう!」

 それを聞くと没神さんは笑顔になった。

 ここからパンダと没神さんの険しい学園生活が始まる。






6.

 そんなきれいな物語なんて存在しない。そんなことできるわけない。僕みたいなやつに。

 

「誰だ!誰だ!誰がリークしたんだ!ここの中の誰かだろ!ふざけんな!私がどんな思いで!私がどんだけ・・・」

 

 そう泣き叫ぶ没神さんを見て僕は固まっていた。関わったら僕が終わる、その恐怖に全く動けなかった。

 

クソだ。情けない。ダサい。自らのために人をこんなにも簡単に見捨てるのか。

 本当は助けたかった。この子もただ自分が楽しく生きていく為に必死になって考えて行動していたんだ。能天気に上で構えていられるお前らとは違うんだ。そう言いたかった。

 でもそんなの言えない。だって自分が一番だから。結局は自分のために、スクールカーストなんてしょうもないものに纏わりついて生きていかなきゃいけないんだ。





「大切な人を救える。そんなヒーローになる。


 

 のは俺じゃない。」


こんな投稿をして、僕は偽垢を消した。



私自身ずっと感じていた、現代のカースト文化を題材にした自身初の小説です。カースト文化に違和感や嫌悪感を感じながらもその流れに乗ることを選ぶのが普通ですよね。結局は自分が安心して生活していきたいから。

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