後編
本章で一旦完結です。
後日談などまた書いていけたら良いなと思っております。
最後までお付き合いいただければ、幸いです。
王都にレティシア達が訪れていたのをリヒャルトは知っていた。
今日はリヒャルトが休みということで、ローズのレッスンに付き合っていた。
ローズがレッスンを受けている時、リヒャルトはしきりに城門の見える窓を気にしていた。
レッスンに区切りがついたローズを労う為、リヒャルトは紅茶を用意すべく、部屋を去った。
ローズはリヒャルトが部屋から出たのを確認すると、慌ててリヒャルトが覗いていた窓の方を見た。
そこには、レティシアと最恐の魔術師と忌み嫌われているミハエル、そしてその従者と思われしき少年が馬車に乗ろうとしていた。
久しぶりに見たレティシア。
落ち込んで燻っていると思っていたレティシアはリヒャルトの婚約者だった時よりも明るく活き活きとしているように思えた。
何故、この人は前よりも一層輝いているように見えるのだろうか。
王子の婚約者だったレティシアは誰もが羨む存在だった。ローズのレティシアに対する感情は、いつしかレティシアの婚約者であるリヒャルトへの恋心に変わってしまった。気がつけば、レティシアを蹴落として、自分がその役割を担っていた。
どうしてこうなってしまったのだろう、ローズは思う。
王宮の厳しいレッスンについていけないローズに失望する王族。
大好きな家族にも会えない日々。
それどころか、最愛の次期国王候補のリヒャルトとも過ごせる時間は限りなく少ない。
それに、最近、リヒャルトは私を通してレティシアを見ている気がする。レティシアと自分を比べ、残念そうにしているのだ。
リヒャルトはもしかしたら、レティシアと別れたことを後悔しているのかもしれない。
その可能性が頭に浮かび、遣る瀬無い気持ちが込み上がり、シルクで出来たドレスの布をぎゅっと掴んだ。
まるで、鳥籠に閉じ込められているかのような気分になる。
これなら、昔の方が良かったのかもしれない。
そんな考えが頭をよぎるが、もう後戻りは出来ない。
いくら、国の膿と呼ばれたホーテン家を破滅させたとはいえ、国は魔術師頼りな所が多い。
情勢を安定させる為には王族がもっと力をつけなければならないのに……
プレッシャーに打ちのめされたローズはコツン、と窓に額をつけた。額から伝わる温度はやけに冷たく感じた。
「レティシア!」
久しぶりの声に私は馬車に乗り込もうとしていた足を止める。
振り向くと、リヒャルトが息も絶え絶えに、こちらへ向かってきた。
「リヒャルト様……ご機嫌よう」
私が反射的に挨拶をすると、昔より距離を感じたのか、リヒャルトは少し気まずそうな表情を見せた。
「最近はどうだ?……私が聞くのもおかしいか」
リヒャルトは声をかけたはいいが、特に話す内容は決まってないのか、しどろもどろに答えた。
「いえ……お陰様で何とかやっていますわ」
王宮に居た時よりも幸せですなんて、言ってしまえば、不敬罪になってしまうだろう。
私は言葉を濁した。
私の答えを聞くなり、リヒャルトはそっと私にだけ聞こえるように耳打ちした。
「君はミハエル殿と仲が良いのか?君の人間関係をとやかく言える立場ではないが、彼は良くも悪くも有名だからな」
次期国王なのに、一国民を偏見で判断するような物言いはどうなんだろう、と少し腹立たしく思えたが、私は反論することをぐっと堪えた。
「ええ、ミハエル様とは親しくさせていただいていますわ。ご助言痛みいります……ですが、私は信じたいと思う人を信じているのでご心配なさらず」
リヒャルトがこれ以上何か言い始めると、私も思わず反論しそうになるので、私は馬車を待たせてますから、と言って話を終わらせた。
「ローズ様とお幸せに」
そう告げるとリヒャルトはひどく傷ついたような表情をして見せた。
少し気になったが、もう私には関係のないことだ。
私は元婚約者なのだから。
王都から戻り、レティシアを送った後、帰路に着いたミハエルは門の前で誰かが待っていることに気がついた。
「君は……」
ミハエルの声に気がついた、その人物は笑顔を浮かべた。
翌日。
私は焼きたてのスコーンをバスケットに入れて、ミハエルの家に向かっていた。
王都の一件で、関係のないミハエルを巻き込んでしまった。色々迷惑もかけたので、お礼をしようと思ったのだ。
手作りのクロテッドクリームと木苺のジャムも併せて、バスケットに忍ばせていた。
歩いて数十分。
ようやく、ミハエルの家に辿り着いた。
いつものように玄関を軽くノックし、入ろうとすると、中庭の方から笑い声が聞こえた。
中庭の方を覗くと、庭園で談笑するミハエルと女性の姿があった。
その姿を見て、私の頭は一気にフリーズし、気がつけば自分の家の方へ駆け出していた。
あんな優しい表情、私以外の人にもするんだ。
そう思ってから、すぐに自分の思考がとても厚かましいものだと思い返した。
私達は恋人でも何でもない。
良くて友人、悪くてご近所さんというものだろう。いくら、私が好意を持っていたとしても、私達の関係は友人止まりなのだ。
全力疾走をして、しばらくして、呼吸が出来なくなり、その場にへたり込んだ。
「……あんな表情、しないでよ……」
その声は木々に掻き消された。
数日後。
ミハエルは神妙な面持ちで、執務室にいた。
最近、レティシアの様子がおかしい。
ここ1週間以上、レティシアが家に訪問に来なかった。
昨日、何かあったのかと足を運ぶと、応答がなかった。珍しく、留守をしていたようだ。
不安になり、今朝、レンをレティシアの家に向かわせると、レティシアは迎え入れてくれたようだ。
レンの話を聞く限り、どうやら自分はレティシアに避けられている、ということが分かった。
しかし、思い当たる節がない。
最後に会ったのは、王都のとき以来だ。
帰りの馬車で話していた時は何も変わらない様子だったのだが……
ミハエルが深い溜息を吐くと、レンはオロオロとミハエルの周りでどうすべきか行き場を無くしていた。
すると、玄関からノック音が聞こえた。
レティシアかと思い、勢いよく扉を開けると、そこには数日前にも訪れた女性、ジャスミンが居た。
「びっくりしたあ、勢いよく開けすぎよ」
ジャスミンは友人であるルーカスの妹だ。
ジャスミンの冤罪を解決してから、ジャスミンは半年に一回ほど、ミハエルの家に遊びに来るようになっていた。
「何がっかりしているのよ。せっかく、招待状を渡しに来たのに」
どうやら、レティシアではなかった、ということに自分が思っていたよりもがっかりした表情を見せていたらしい。ジャスミンは少し不満げに一通の手紙を差し出した。
「ほら、この前言ったやつ。貴方の大好きなレティシアちゃん?と一緒に来てよ」
ああ、と短く応じて、封を開ける。
「しかし、レティシアちゃんって可愛らしい子なのね。ブロンドの髪にくりっとした瞳。バスケット持って現れた時は、童話に出てくる少女のようだったわ。私の次に出すコレクションのイメージモデルになって欲しいくらいだわ」
ジャスミンは有名なファッショニスタだ。
確かに、レティシアはモデルでもやっていけるほど、美人な顔立ちではあるが、ミハエルが今気にしているのは、そこではなかった。
「レティシアに会ったのか?」
ミハエルがそう尋ねると、ジャスミンは首を傾げた。
「会ったも何もこの前玄関の方からこちらを覗いていたじゃない。来客だから失礼するわねって私もすぐに帰ったから、てっきりその後会ったのかと思ったわ」
ミハエルが会っていない、と答えると、ジャスミンは茶目っ気たっぷりな表情をした。
「じゃあ、ヤキモチ焼いて帰っちゃったのね。可愛い娘」
ふふ、とジャスミンが笑いながら言う内容に、ミハエルは訝しげに思った。
まさか、レティシアがジャスミンと自分が一緒に居たことで嫉妬をした?
「女心は複雑なものよ?分かったら、とっとと誤解を解いてきなさいな。この招待状はレティシアちゃんへの案内でもあるんだから」
ミハエルが動揺していると、ジャスミンは外へ半ば強引にミハエルを連れ出した。
私はミハエルが女性と仲睦まじくお茶会をしているのを見て以来、ずっと家にこもり、内職をしている。とにかく、何か手を動かしていなければ、気持ちが落ち着かなかったからだ。
昨日はミハエルが家を訪ねてくれたのに、居留守をしてしまった。
脳裏に焼き付いた2人の笑顔を振り払いきれず、私は思わず深い溜息を吐く。
内職も一通り終わってしまい、掃除でもしようかと腰をあげると、扉のノック音が室内に響いた。
ドアスコープを覗くと、そこに居たのはレンだった。安心して、私が扉を開けると、そこにはレンだけではなく、ミハエルもいた。
ドアスコープからは死角で見えなかったのだろう。私は思わず顔が引き攣ってしまった。
「私が訪ねたと知れば、お嬢さんは開けてくれないからな。久しぶりだな、お嬢さん」
「ええ、最近少し忙しくて……なので今日は」
「少し話がある。そこで話をさせてくれ」
有無を言わせない様子に私はミハエルとレンを渋々中に入れる。レンは心なしか申し訳なさそうにしている。
「それでお話というのは……?」
私がおずおずと尋ねると、ミハエルは困ったような表情をした。
「最近、お嬢さんが私を避けているからな。何かあったのかと思ってな。ジャスミンが訪問しに来た時、お嬢さんも訪問しに来てくれたらしいじゃないか」
『ジャスミン』と呼び捨てで呼ぶ親しさにズキンと心が痛む。
「教えてくれ、お嬢さん。このままお嬢さんとお別れするのは寂しい」
悲しげな表情をするミハエルに私はモゴモゴと答える。
「ミハエルにあんな仲の良い女性がいると思わなかったの……どうして良いか分からなくなって、逃げてしまったのよ」
「ジャスミンはルーカスの妹だ。半年に一回くらいの頻度で顔を見せに来るくらいの仲だ。今回は知らせがあって来たんだ。お嬢さんにも是非、と言伝も貰っている」
ミハエルが差し出した封筒の内容を見て、レティシアは驚く。
それは、ジャスミンと知らない男性の名前が記された結婚式の招待状だった。
私は事の実態を把握し、自分が浅はかなやきもちを焼いていたことを自覚して赤面した。
「ごめんなさい……私ったら、恋人でもないのに変なやきもちを焼いてしまって」
私が謝るとミハエルは頭をぽんぽんと撫でた。ちらり、とミハエルのことを見ると、心なしか嬉しそうだった。
「お嬢さんが望むのなら……いや、そうじゃないな。お嬢さん、彼女の結婚式へ一緒に出てくれないか?」
「私、その方とお会いしたことないのだけれど……」
私が躊躇っていると、ミハエルは少し困ったような表情をした。
「私が懇意にしている人だからと君にも招待が来ているんだ。無理強いはしないが、出来れば来て欲しい」
いくら、赤の他人とはいえ、せっかくの晴れ舞台の招待を断るのも気が引けた。
私が了承すると、ミハエルは嬉しそうに微笑んだ。
ジャスミンの結婚式当日。
彼女の結婚式はとても素敵なものだった。
ファッショニスタの彼女は自分の結婚式も独自のコンセプトでオールドスタイルな結婚式をプロデュースしていた。
ジャスミンと旦那様はとても幸せそうで、参列者達もとても嬉しそうだった。
2人が誓いのキスをし、拍手喝采の中、私はミハエルのことを覗き見た。
……自分もいつか結婚出来るだろうか。
そんな乙女チックな考えを浮かべて、首を振った。
今でも十分幸せなのだから、多くは望んではいけないと自分に言い聞かせて。
式は順調に進み、いよいよブーケトスになった。私含め女性陣は全員参加のブーケトス。
カウントダウンが終わると、ジャスミンはブーケを投げず、私の方へ駆けてきた。
にこり、と屈託のない笑みを浮かべたジャスミンはブーケを私に差し出す。
「貴女がレティシアね。私の恩人の大切な人だから、貴女にブーケを受け取って欲しいの」
ジャスミンの突飛な行動に私が動揺していると、ジャスミンは後ろを指差した。
振り向くと、そこにはミハエルが立っていた。いつになく、甘い表情をして笑むミハエルにドギマギしてしまう。
私がその場で硬直していると、ミハエルは片膝をついて、指輪を差し出した。
「レティシア、愛している。結婚を前提に私と付き合って欲しい」
ざわめく周囲。ジャスミンとルーカスの歓喜の声。急な状況に頭がついていけず、ただ顔を赤くして、声にならない声を上げながら、何度も頷いた。
私がイエスのサインを見せると、ミハエルは良かった、と言って私を抱きしめた。
(幸せにしてみせる。これからもレティシアを愛し続けるよ)
ミハエルの心の声を聞いて、さらに心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
人生で一番ドキドキしているかもしれない。
「私も世界で一番大好きよ、ミハエル。私で良ければ喜んで」
私の答えを聞いたミハエルはさらに強く抱きしめた。
レンの拍手を皮切りに、周囲から拍手喝采が起こった。
こうして、嫌われ令嬢のレティシアは最恐の魔術師と結ばれた。
能力や肩書き、名声や噂なんて関係ない。
自分を信じて、行動すれば、自分らしい道が開ける。
その未来はきっとハッピーエンドだ。
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