五話
「ビー、見ろよ。この木」
いつもの集まり場所で、ニアを待つ僕とブリッツ。
村の中でも、森に面しているこの場所は、近くに家の一軒もない。その代わりに、大きな木がそびえ立っている。
「俺が15になるまでこの木で、おまえと身長を競ったよな」
「そうだね……。身長を測った傷跡も、もう数年前で止まってるね」
「覚えてるか? なんで俺たちが、身長を競いだしたか」
そういえば、どうしてだったろう? たしか、僕が7歳の時から競い始めたはずだけど……。
「ごめん、思い出せないや」
「……あの頃、二人で冒険者ごっこをしてたんだよ」
「そうだったね。ニアもメリーナも、危ないからって怒ってた」
「あぁ、そうだったな。メリーナの奴が、怒ると大変なんだ」
ブリッツは、妹のメリーナをとても大切にしてるから、メリーナが怒りだすと、ご機嫌をとることに必死になってた。僕もケガしたりすると、ニアが放してくれなくて大変だった。
「それでな。二人で約束したんだよ。いつかこの村から出て、世界を冒険しようって。俺とビーは、今日から相棒だって。だから、どっちが早く大きくなれるか競ってたんだ」
「……思い出したよ、その約束。でも……」
「あぁ……。でも、俺が魔法に目覚めることはなかった。約束は、俺のせいで守れなかった」
それは違う。あの頃の僕らは、みんな魔法に目覚めるって信じてた。なにも不安なんてなくて、ずっと一緒にいられるって思ってた……。
大きくなって、現実が見えてきた。ただそれだけ。ブリッツが、魔法に目覚めなかったことも、この村の大人たちが通ってきた当たり前のこと。
「ビー。お待たせ」
「ニア……」
いつの間にか、ニアが近くまで来ていた。話し込んでて、気づかなかったみたいだ……。
「よぉ。根性なしのニア。おまえのことだから、村の大人たちを連れてくると思ってたぜ」
「本当はそのつもりだった。考えなしのバカッツ」
「ふーん。じゃあ、なんで一人で来てんだよ」
「……あんたと違って、私は信頼されてるの。ビーのお父様から」
「あ? どういう意味だよ」
「あんたがバカッツって意味。……それより、構えなくていいの? 私はこの距離から、いつでもあんたを狙える」
普通に立っているだけのように見えた、ニアの両手から微かに、白い煙が出ている。言葉の通り、ニアはいつでも攻撃できるみたいだ。
「てめぇの攻撃なんて当たるかよ。ビー、見てろ。すぐに終わらせてやるから」
「あんたが私に、組み手で勝てたことあった?」
「あんな遊びと一緒にすんじゃねぇよ! いくぞ!」
ブリッツが構えもなにもない、素立ちの状態から、一瞬でニアに詰め寄った。
凄い……。ブリッツの魔法は、ここまで身体強化されるんだ……。
「……見えてるから」
「ぬぉっ!」
だけど、視力強化があるニアは、その動きを捉えていたらしい。氷の鎖が、ブリッツを横なぎに吹き飛ばす。
「ほら、弱い。さっさと諦めたら?」
「うっせぇ! もう諦めたくねぇんだよ! 俺に、ビーがくれたチャンスなんだよ!」
「そのビーを、危険に晒すことになるって言ってるでしょ」
「俺が守る! ビーが戦えねぇなら、俺が守る!」
傷だらけで立ち上がったブリッツは、もう一度、ニアに突進していく。
「守れないでしょ。あんたじゃ、ビーを守るには弱すぎる」
「だから、てめぇも連れてくんだろ! 俺だけじゃ守れないから! ビーがみんなで一緒にって、そう言ってんだから!」
ニアの氷の鎖を、掻い潜りながら突き進むブリッツ。その速さは、どんどん増していく。そして遂に、ニアの懐に入った。
「今ので一発だ、ニア」
「どういうつもり……!」
「今の俺が、てめぇを殴れるわけねぇだろ。ビーの目の前なら、尚更だ」
ブリッツは、ニアに攻撃をしなかった。今のブリッツは、魔法で身体強化されてる。その攻撃を受ければ、ニアは一撃で気を失っただろう。
「そういうところが、あんたは弱いって言ってんの……!」
ニアの顔が、怒りの表情に変わった。そして、ブリッツは氷の鎖で吹き飛ばされてしまう。ニアのあんな怖い顔、今まで見たことない……。
「あんたがそんなんだから、私がこんな役目になっちゃうんでしょうが!」
吹き飛ばされて、地面を転がるブリッツを、ニアの氷の鎖が容赦なく追撃する。ブリッツは、それに耐えることしかできないでいる。
「あんたが馬鹿だから! ビーの前で、どんな気持ちで、私がこんなことしてるって! 少しは考えなさい!」
「ニア! もういい、もういいよ! これ以上は、ブリッツが死んじゃうから! もう諦めるから、だから、これ以上はもう見たくないよ!」
何度も何度も、氷の鎖を振るうニア。だけど、その眼からは涙がこぼれていた。ニアも辛い。ブリッツもボロボロ。僕には、止めることしかできない……!
「ごめん、ニア! もういいから! だから……!」
「……はぁ……はぁ……。ビー、帰ろ。お父様が待ってる」
息を乱したニアは、ようやくその手を止めてくれた。僕を見る、その眼からは、とめどなく涙が溢れて、その頬を流れている。
「ビー……。大丈夫、ビーのお父様は……」
「終わってねぇよ……。ビー……」