十二話
「……バカッツは?」
「ダメだね。完全にやる気をなくしてる……。今日は無理かな」
メリーナが王都に行ったらしくて、早くも僕たちの計画は狂ってしまった。そして、ブリッツはやる気をなくしてしまった。
街の宿で男部屋と女部屋の、二部屋をとって、ブリッツは男部屋の床でゴロゴロし続けている。なんでベッドじゃなくて床なのかは、僕にも分からない……。
「ブリッツって、そんなにメリーナのこと大切なんだね。ボク、一人っ子だったから、ちょっとメリーナが羨ましいな……」
「サフィー。アレが兄になるぐらいなら、一人っ子の方がマシ」
「そうかな? ブリッツ、面白いと思うけど」
「美人も三日で飽きる。ブリッツは、三日でうざくなる。そんなもの」
「そっかー。そんなものなんだ」
散々に言われているブリッツだけど、僕もブリッツが実の兄だったら嫌だから、擁護はしない。
「それで、どうしよっか? ブリッツだけ置いて、冒険者の登録に行くのもなんだし」
「私は別に、ブリッツだけ後からでも構わない」
「予定がないならさ、ボクのオススメの喫茶店に行かない? その喫茶店のケーキが、すっごく美味しいんだよ」
「……ケーキかぁ。良いね、サフィー。ニアは?」
「もちろん良い」
ケーキ、ケーキか……。父さんは、デザートは専門外だったから、たまに街から買ってきてくれるケーキが、凄く楽しみだったんだ。
そうだ! 街に出たんだし、デザートの勉強もしよう。料理のことしか考えてなかったけど、デザートがあったな……。
「ビー? 早く行きましょ」
「あ、うん。そうだね」
「ボクはコレ! 水糖と猛火牛のミルクのホワイトケーキ!」
「……私は、この甘木蜜と岩石黒糖のやつ」
「決めるの早いね、二人とも。僕はどうしよう……」
サフィーのオススメの喫茶店は、白を基調とした色合いで統一された、清潔感のある店だった。男のお客さんも多くて、中には大柄で厳つい大男もいる。美味しそうにケーキを頬張ってる姿は、ちょっと可愛い。
「うーん。みんなの食べてるもの、全部が美味しそうだなぁ」
「ビー、これは?」
「えーと。火の元酒で風味を加えた、大人のケーキか。これは、僕にはまだ早い風味のケーキかな」
「じゃあ、ビー。これはどうかな? 堅栗のモンブラン」
「あ、美味しだね。それにしようかな」
なぜかニアが不満そうな顔になっているけど、三人ともなにを頼むか決まった。じゃあ、ここは男として僕が、注文を伝えに行こう。
「……おまえ、サフランか?」
「え……?」
注文を伝えに行こうと、立ち上がろうとした瞬間、知らない男性に声をかけられた。どうしよう、僕はサフランなんて名前じゃないんだけど。
「ヴェルゴ、久しぶりだね……」
「……あれ? サフランって、サフィーのこと?」
「……ごめん。ボクは、本当はサフランって名前なんだ」
サフラン。まんま、女性の名前だ……。
「おい。サフラン、こいつらは……?」
「……今、ボクとパーティを組んでくれてる人」
「おまえ、まだ諦めてなかったのか。それで、こいつらは事情とか知ってるのかよ。……教えてないんだろうな、俺たちの時みたいに」
「……ごめんなさい」
「謝んなよ。おまえが謝ったところで、解散したパーティは、元には戻らない。田舎に帰ったあいつらが、戻ってくるわけじゃない」
この二人、なんだか凄く因縁があるみたいだけど……。
「あんたら……。サフランとパーティを組むのはやめとけ。それと、もし「その時」がきたら、こいつに同情も友情も感じない方が良い」
「……なんのことか、さっぱりですけど。それを決めるのは、僕たちですから」
「そうか。せいぜい、潰されないようにな。無理だろうが」
男はそこまで言うと、さっさと店を出ていってしまった。結局、サフィーとなにがあったのかを言わなかった。
「……ごめん。ボク、先に宿に帰ってる」
「サフィー……!」
「ビー……。追いかけない方が良い」
どうしよう、今からケーキを食べる気にはなれないんだけど……。




