一話
「あら、おはようビー坊や」
「おはよう、トナリーノおばさん」
我が家を出て一歩目。待ち構えていたのではないかと思うほどの速さで、挨拶をしてきた隣のトナリーノおばさん。
おばさんはこの雲一つない晴天の下、まるで太陽のように明るい笑顔をしている。その顔は太陽のようにまん丸だ。
「ビー坊や、今日の調子はどうだい?」
「おかげさまで、朝から曇天の空のような気持ちだよ」
なにが今日の調子はどうだい、だよ……。
素直に、「魔法」には目覚めましたかって聞いてくればいいのに。
聞かれたところで目覚めてません、としか言えないから、それはそれでトナリーノおばさんのまん丸顔が曇天のように曇るだけなんだけど。
「じゃあ、トナリーノおばさん。僕はいつもの二人と「森釣り」に行ってくるから」
「そうかい。気をつけてね、ビー坊や。魔法に目覚めたら、すぐに大人に知らせるんだよ」
そんなこと、トナリーノおばさんに言われなくても、母さんに毎日言われてるよ。まったく……。
「よぉ! ビー、朝からつまらなさそうな顔してどうしたよ」
「ビー、おはよう。まだ眠いなら、私が膝枕してあげようか?」
僕の住む平凡なこの「ノーマ村」。その森に面している方のいつもの集まり場所。そこで、いつもの二人が僕を待っていた。
「おはよう、二人とも。朝からトナリーノおばさんに捕まってね」
「あぁ、あの婆さん。相変わらずだな」
もう季節は秋で、少し肌寒いと感じてきた今日この頃。僕を含めた村のみんなは、既に冬用の服に衣替えしている。
そんな中でただ一人。夏用の服に身を包み、上着の前を開いて鍛えられた上半身を晒しているこの馬鹿男。違った、幼馴染の「ブリッツ」。
くせ毛の赤髪に、碧い眼。薄いそばかすが印象的なブリッツ。
この間、そばかすが薄くなってきたねと言ったら喜んでいたが、そばかすより先に格好を気にするべきだと思う。見てるこっちが寒い。
「あのババア……。私とビーの時間を邪魔しやがって……」
「ニア……?」
「なんでもない。ビー、せっかく二人きりだから手をつないで行こ?」
サラッとブリッツの存在を無視して、二人きりと言い放ったのは幼馴染の「ニア」。とても美人さんだけど、たまに口が悪くなるのが欠点。
艶やかな濃紺の髪に、切れ長の黒い眼。真っ白な肌が印象的なニア。
ブリッツとは正反対に、真冬に備えているのかというほど、上は着込んでいるのに、短いスカートで脚は晒しているという謎の格好。
僕はそのスラリと長い、真っ白で綺麗な脚をつい見てしまう。僕の視線には気づいてるはずだけど、ニアは優しいので見逃してくれている。
「ぷぷっ! ビーはまだお子様だからなぁ。ニアと手をつないでも、俺は笑ったりしないぜ。……ぷぷっ」
「なにがお子様だよ、ちょっと年上だからってさ。もうすぐ僕も15になるから、立派な大人だよ」
このノーマ村が所属する「ロスト王国」では、15歳の誕生日に成人と認められる。そして、僕はもうすぐ15歳の誕生日を迎えるので、立派な大人と言っても良いだろう。
「ビーが成人しても、俺は18だからな。結局、俺の方が大人だ」
「バカッツよりは、ビーの方が立派」
「ニア、てめぇ……またバカッツって言ったな? 17のくせに」
ブリッツは幼馴染の中で、一番の年上だから年齢にこだわっている。なんとも子供な奴だ。
「バカッツに構ってたら時間の無駄。ビー、行こ」
「そうだね、バカッツは子供だからね」
「誰が子供だ! まて……ビーまでバカッツって言ったか……?」
後ろで騒ぐバカッツを無視して、森の中に入っていく。
その途中でニアと手をつないだ。子供っぽくて嫌だったけど、真剣な顔で迫ってくるニアを押し退ける勇気はなかった……。