3.好きになんか絶対ならない!
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これってストックホルム症候群?
鳥籠ベッドの上でごろごろしながら、ふと思った。
確か誘拐事件や監禁事件で人質になった被害者が犯人に好意を抱くという病気を聞いたことがある。
もちろん私はラビに好意は抱いてはいないけれど、例えば目隠しをされたときに握られる彼の手に安堵を覚えたり、長く一人で閉じ込められていると彼の来訪さえ少し嬉しく感じてしまったり、ということはある。
けれど、それらの感情が歪に形を変えればもしかすると私が彼に好意を抱くこともなきにしもあらずだ。
いや! ダメよ! これはきっと奴の罠だわ!
私は頬を両手で叩いた。
もちろんここを逃げ出そうと思ったことがなかったわけではない。
ただ、この世界は私が元いた世界ではないことはラビの耳から明らかで、例えラビのもとから逃げ出しても行く当てがなかった。
屋敷の外は未知の世界だ。
それならここの方がよっぽど安全だ。
銃を持った潔癖症の白ウサギはいるけれど……。
ここは自由はないけど、危険もない。
未知の世界で優先すべきものが何かは決まっている。
それに仮にここから逃げ出そうとしても、問題はいくつもあった。
まず鳥籠ベッドには鍵がかかっているし、さらに部屋の扉にも鍵が外からかかっている。
部屋の窓は壁の高い位置にあって、家具にのったとしても窓の縁にさえ触れることすらできないだろう。
結局、私はあの男が来るのをただ待つことしか出来ないのだ。
ラビは仕事があるらしく日中は外に出ている時が多い。
今日も朝に食事と服を持って来てからそのまま仕事に出掛けて行った。
鳥籠ベッドという狭い範囲で、ひとり長時間過ごすのは退屈を通り越して苦痛だ。
もちろんネットや漫画があれば余裕なのだけれど、そういった物はこの世界にはないようだ。
なので私は仕方なく寝たりぼーっとしたりして、窓から差し込む日の光が夜の気配を纏うのをじっと待っている。
夜になればラビがやってきて、退屈から解放されるからだ。
彼の帰りをいつの間にか待ち遠しく思ってしまうのは、やっぱりストックホルム症候群が進行している証拠だろう。
私は自分にげんなりして大きくため息を吐いた。
窓から差し込む光に橙色が帯び始めた。
そういえば、今日は少し帰りが早いと嬉しそうにラビが言っていたのを思い出す。
もしかするとそろそろ帰ってくるかもしれない。
それを嬉しく思ってしまいそうな自分を誤魔化そうと、私は足の指を親指から順番に追ったり伸ばしたりした。
すると、
「……なぁんだ。大きな鳥籠があると思ったら中は人間か」