2.白ウサギはキレイ好き
「ねぇ、気になってたんだけど、この服、毎日違うでしょ? 今まで着ていた服はどうしてるの?」
ラビが鳥肌の立つような甘い言葉を吐く前に、私は前から疑問に思っていたことを訊いた。
正直言うと私には可愛すぎるフリルやレース満載のもばかりで着心地というか居心地が悪い。
けれどまさかシェフとの一件を目にして嫌だとは言えなかった。
もし私がこの服を拒めば、誰かが血を流す可能性が十分にあった。
「あはは、おかしなことを訊くね。そんなの全部捨てるに決まってるだろう」
当然のように笑って答えるラビに私は目を見開いた。
「え! 捨ててるの!? 一回着ただけなのに!?」
「一回着たらもう汚いよ」
「じゃ、じゃあ、あなたの服も毎日捨ててるの?」
「当たり前だよ。着た瞬間に汚染は始まっているからね」
共感しかねる持論を口にして、ラビは紅茶を口に運んだ。
どうやら彼は重度の潔癖症のようだ。
でもそれなら部屋や身につける物全てを白にこだわるのも何となく納得できた。
元いた世界で私が冬の寒い日にお風呂に入らない日があったと知られたら、私は即刻射殺されるかもしれない。
「ラ、ラビはきれい好きなのね」
「そうだよ、清潔第一だ。あ、でも君は別だよ。そもそもペットは清潔とはほど遠い。でも君ならなぜか許せてしまうんだ。不思議だね」
ラビの目元が和らいで、愛おしげに私を見詰める。
正直、複雑だけれど、とりあえずよっぽど不潔なことをしなければ彼に殺されることはなさそうなのでほっとする。
「あ、ありがとう」
引き攣る笑顔がばれないようケーキを口に含んだ。
「ふふふ、飼い主として当然だよ。……あ、アリス、口にケーキのクリームがついてるよ」
ラビが自分の口の横をトントンと指先で叩いた。
潔癖症な彼の不興を買うのを恐れ、私は咄嗟に袖口で口を拭った。
けれどその瞬間、笑顔だった彼の顔が一瞬にして強ばった。
「ア、アリス! 何をしてるんだ!」
怒鳴ると言うより悲鳴に近い声でラビは叫んで椅子から立ち上がった。
そして、私の腕を引っ張ると何の躊躇いなくクリームがついた袖を勢いよく破った。
突然の行動に目を丸くして固まる私なんか気にも留めず、彼は端に控えるメイドさんたちに命じた。
「すぐに新しい服を準備しろ! 早急にだ!」
まるで私が瀕死の重篤患者であるかのような必死さだ。
けれど私は全くの健康体で、今ここでその必死さが出る意味が分からない。
私が戸惑っていると、ラビはこちらに向き直り、困った子供に対する呆れと許しを混ぜたような笑みを浮かべた。
「アリス、いいかい? 汚れは服で拭いたりしたらダメだ。そういう時はちゃんとナプキンで拭くんだよ」
子供に言い聞かせるような優しさでそう言うと、テーブルの上のナプキンで私の口をサッと拭った。
呆然と動けずにいる私にラビはクスッと笑った。
「アリスは本当にダメな子だなぁ。ちゃんと躾をしてあげないといけないね」
私の唇を今度はナプキンなしでなぞった。
その仕草はどこか色めいたものがあり、背筋にぞっと鳥肌が走った。
「さぁ、お茶会は今日は終わりにして部屋に戻って着替えようかな。時間もちょうどいい」
ラビは首からぶら下げた懐中時計を見ながら言って、席を立った。
そして、私の背後に回るとレースをあつらえたシルク地の柔らかな布で視界を覆った。
彼は屋敷の間取りを覚えさせないためか、部屋から中庭までの間、こうして目隠しをする。
知らない世界で視界を奪われるのは、闇に裸で放り出されるくらい怖い。
私はいつもこの瞬間体を強ばらせる。
それを分かってか、ラビは私の手をぎゅっと優しく握ってくる。
「大丈夫。僕が手を握ってるから何も怖くないよ」
恐怖の元凶なのに、そう優しげに言われると思わず安堵してしまう私は、いろいろと感覚が麻痺してきているのだろう。
監禁、やっぱり恐ろしい……!