2.これが噂の監禁ですか……
目覚めたら、私は鳥籠の中にいた。
もちろん本物の鳥籠ではない。
人が横になれるほどの丸形のベッドを、鳥籠のように丸みのある柵が覆っているのだ。
柵は真っ白で本来柵の持つ威圧感を幾分和らげてはいるものの、やっぱり異様な状況には変わりない。
私は柵の外を見回して目を丸くした。
ベッドは部屋の端にあるのだけれど、その向かいの壁に掛かっている絵が何なのか分からないくらい部屋は広かった。
けれど驚いたのはその部屋の広さではなく、色にあった。
全てが真っ白なのだ。
壁や床、天井はもちろん、ソファやテーブル、クローゼットにいたるまで全部白なのだ。
ベッドのシーツや枕は当然、私が身に纏っているワンピースも真っ白だった。
しかも、元から全てが白だったというわけではなさそうで、ペンキか何かで元の色を塗りつぶした形跡がちらほらと見える。
そこに何か強迫的なものを感じてぞっとした。
「なに、この部屋……」
部屋は寒くはなかったが、私は気づくと自分の腕をさすっていた。
コツコツコツ……--
部屋のドアの向こうから近づいてくる足音が聞こえてきた。
私はごくりと唾を飲み込んだ。
足音の主がこの狂気じみた真っ白な部屋の主である可能性は十分にあった。
コンコン
控えめにノックがされた。
しかし私の返事など必要ないのだろう。
身構える間もなくドアが開かれた。
入ってきた男に私は目を見開いた。
男は一目で部屋の主であることが分かった。
それは身に纏う全てが真っ白だったからだ。
新郎が着るような膝の付近まであるフロックコートやシャツ、ネクタイ全てがそれらの境を溶かすように白で統一されている。
その中で瞳だけが深紅の輝きを湛えていて、異様な存在感を放っていた。
けれど、正直この部屋の主が白一色で統一されているのはまぁ理解の範疇におさまる。
問題は彼の頭上に立っているものだった。
見間違いでなければ、それは耳だった。
しかも人間のものじゃない。
あれはウサギの耳だ。
けれど男は間違いなく人間だ。
私が困惑して男の顔と耳を交互に見詰めていると、彼の顔が見る見るうちに明るくなった。
「……っ、アリス! 目が覚めたんだね!」
彼はそう言って私の方へ駆けてきた。
アリス……--。
そう、それは間違いなく私の名前だ。
伏野ありす(ふしの ありす)。
純日本人の顔立ちの平凡な私には可愛すぎるこの名前が、私は大嫌いだ。
名前にすら負ける私が何かに勝つことなどこの先あるのだろうか、なんて思ってしまうほど。
けれど問題はそこじゃない。
いくら嫌いでも死ぬまで離れられないその名前をなぜ見知らぬ男が知っているかだ。
男はベッドに近づくと、コートのポケットから鍵を取り出すと鳥籠の扉を開けた。
ドクドクと鼓動が速まる。
彼は整った顔をしていたが、それはときめきによるものではなかった。
男がすぐ横に腰を下ろした。
私の真下でスプリングの音が響いた。
「ずっと君が目覚めるのを待っていたんだよ、アリス」
赤い目がうっとりと潤んだ。
私は全身震えていた。
「……あ、あなたは、誰?」
どうにかして絞り出した言葉は、本当に知りたいことではなかった。
けれど何か、例え目に見えない言葉でも、彼との間に何かを置いて距離をとりたかったのだ。
男は私の髪を慈しむように撫でながら言った。
「僕はラビ・ホワイト。……君の飼い主だよ」
男の赤い目が歪な光を帯びていた。