14.可愛いものはご勘弁!
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男に連れられたのは、私たちがいた部屋の向かいの部屋だった。
「うわぁ……」
思わず驚嘆の声が零れた。
そこはフリルやレース、リボン、花柄など可愛い物好きな女の子なら目を輝かさずにはいられないものが溢れかえっていた。
ただ私にはその部屋はあまりに甘く、胃もたれをおこしそうだった。
「あそこのクローゼットにメアリーの服がある。好きなものを選べ」
それだけ言い置いて、男は部屋を出た。
居心地の悪さを感じながら、奥にあるクローゼットの方へ向かう。
あちらこちらに点在する愛らしいぬいぐるみたちがつぶらな瞳で残酷に私を値踏みしているような気がしてならない。
クローゼットを開けると、むせ返るほどの甘く可愛らしいものに満ち溢れていた。
部屋を見れば大体予想がついたことだけれど、それでもさらに胃が重くなる。
白、ピンク、水色……、クローゼットに連なるワンピースはどれも中の薄闇を打ち消すほどの明るいパステルカラーばかりだった。
しかもどの服もフリルがこぼれ落ちそうなほどふんだんに使われていて、少し触れただけでフリルが波打った。
正直、この中からどれか選ばなくてはならないと思うと憂鬱だった。
確かに私も曲がりなりにも女の端くれだから、これらのワンピースが決して可愛いと思わないでもなかった。
けれど見ると着るとでは大違いだ。
とてもじゃないが、こんな可憐な服を着て平常心でいられるとは思えない。
いっそ男に服を借りた方がまだマシかもしれなと考えながら、クローゼットの服をげんなりと視線でなぞっていると、一番端に他の服とは明らかに空気の違うものを見つけた。
それはクローゼットの暗闇に溶け込んで危うく見落としてしまいそうなほど真っ黒なものだった。
肩と鎖骨周辺が繊細なレース生地だけれど、他は黒の無地で落ち着いた印象を受けるものだった。
多少フリルはあるものの、他のものに比べれば可愛いものだ。
これがいい、というより、これしかないという状況だった。
他にこの服より大人しい服がないかもう一度確認してから、仕方なく私は黒のワンピースに袖を通した。
着替えを終えて部屋を出ると、ドアの横の壁に男がもたれて立っていた。
恐らく私が逃げ出したりしないか耳をそばだてていたのだろう。
男は私の姿を見ると顔を顰めた。
「……どうして数あるうちでよりにもよってその服を選んだんだ」
「あなたが好きなのを選べって言ったんじゃない。私は黒が落ち着くの。根暗にパステルカラーはきついのよ」
男は眉間に皺を寄せたまま、私の頭から爪先を不躾な視線で辿った。
そして失礼なくらい大きなため息を吐いてくるりと私に背を向けた。
「……その服は、私が死んだ時にメアリーが着るはずだった喪服なんだ」
「え……」
それはどういう意味かと訊ねる前に、男はさっさと歩き出してシルクハットが飾られたドアの部屋に入ってしまった。
喪服と言われた自分の服をじっと見下ろす。
他人の、しかも何やら思い入れが強そうな喪服なんて気味が悪いはずなのに、なぜかそうは思えなかった。
それは男の背中があまりにも悲しげで、きっと言葉や声なんかより饒舌だったからに違いない。
服をもう一度整えてから、男の後を追って部屋に入った。