11.会いたいいたい
「え……?」
呟きの意味を聞く間もなく、男は自分が着ていた上着を私に羽織らせてチェシャ猫に向き直った。
「チェシャ猫、どういうことだ! 胸元に小さなほくろが三つある。だからこいつは確かにメアリーだ」
私は自分の胸元を見た。
確かに小さなほくろが三つ寄り添うようにして胸元にあった。
こんなほくろがあるなんて今まで気づかなかった。
そして自分でも気づかなかったほくろの存在を知っている男にあらためてぞっとする。
チェシャ猫が得意げに笑う。
「そうだよ、メアリーだよ。オレは依頼品を間違えたりしない」
「ああ、そうだな、お前のさらい屋としての腕は確かだ。だが、この女はメアリーだが、メアリーじゃない」
男が私を鋭く睨み付けた。
するとなぜか睨まれていないチェシャ猫の方が困ったように頭を掻いてため息を吐いた。
「そうだね、彼女はメアリーだけどメアリーじゃない。でもオレが受けた依頼はあくまで『メアリーの遺体奪還』だからさぁ、そこまでは分からないよ」
「遺体の奪還……?」
私は不穏な言葉に眉を顰めた。
突然口を挟んだ私を嫌がりもせず、チェシャ猫は優しく頷いて答えた。
「そう、メアリーの遺体を帽子屋さんに取り返すのがオレが受けた依頼。そしてオレは依頼通りメアリーの遺体をここまで連れてきた」
チェシャ猫はそう言って私の肩に手を置き、男の方へ私を差し出した。
メアリーの遺体。
ここまで連れてきた……。
チェシャ猫の言葉を反芻する。
そして自分の肩に置かれた手に、嫌な予感が全身を鳥肌のように駆け巡った。
私はほぼ無意識でチェシャ猫の手を勢いよく払った。
そして後ずさって二人から距離を取った。
「じょ、冗談じゃないわ! 人違いならまだしも人を死体扱いするなんて……! そもそも、私は死んでない! こうして動いて生きてるわ!」
「そうだ、そこが問題なんだ」
男は肩でため息を吐いた。
「本来、お前は動きも喋りもしない死体のはずなんだ。それがうるさいくらいに喋って動き回っている」
「じゃ、じゃあ、人違いでしょ! きっとメアリーさんと私がそっくりなだけ! メアリーさんの遺体はきっとどこか別の場所にあるのよ」
「だが、その胸元のほくろは確かにメアリーだ」
「そ、そんなの、偶然よ!」
淡々と答える男より、叫んでいる私の方が声に勢いがあるのに、なぜだか言葉を交わせば交わすほど追い詰められる気持ちになる。
「もしかしてもう生まれ変わったんじゃない?」
チェシャ猫がニヤニヤと笑いながら言う。
私はチェシャ猫をキッと睨み付けた。
ただでさえ男の言葉に混乱しているのに、変な冗談でこれ以上私の頭を掻き乱すのはやめてほしい。
きっと男も同じように空気を読まないチェシャ猫の冗談に苛立っているに違いないと思っていた。
けれど、
「いや、それはない。私もその可能性を考えかったわけじゃないが、メアリーの遺体が没収されたのはたったの一ヶ月前だ。生まれ変わりにしては早すぎる」
男は真面目な顔でチェシャ猫の冗談に答えた。
まるでチェシャ猫の言葉が冗談ではないようだ。