『空の天井はどこだろう』
勇者はメキメキ成長している、私の思惑通りだ。
この勇者はまさにこの役目の為に産まれて来たのではないかと思うほど…
5人のホルダーの力全てに高い適正を持ち、身分の低い出身の為か従順で扱いやすい、その上基本的な身体の能力もよいときている。
我々の話を聞き正義の為に、この世界を守る為にと今も特訓を重ねている。
素晴らしい、5人のホルダーの同時攻撃を掠らせもしない…魔王など恐れるものではないわ。
『皆、この辺りにしておこう。勇者よ力にはだいぶ慣れたようだな』
『はい、皆様直々のご指導のお陰であります』
『まあ、そう畏まるな。我々はお前が邪悪なる魔王を倒せると確信している。頼むぞ』
『はい』
あわれっすね…自分も同罪っすけど。
気持ちは解るような気がする、力なく奪われるだけだった「荒野」
俺達の歴史、ホルダー持ちが出て国としての立場を確立して、持たないものからの変化。
勇者もそれを感じているのかもと思うと、余計に苦しい…
与えられた力に与えられた舞台、与えられた目的に与えられた存在意義…
「山脈」からは見事に鍛え上げられた剣を目を輝かせて受け取った勇者。
「島国」からは素晴らしい技術で作られた鎧をその軽さに驚きながら着込んで見せた勇者。
「森林」からは全身を守ることができる大きくて軽い盾を大事そうに持ち上げた勇者。
「平原」は煌びやかなハチガネをその豪華さに恐る恐るつけて見せた勇者。
そして俺は派手さのない実用的な靴を贈った。
勇者は俺の質素な靴もとても喜んでくれたね。こいつは本当に馬鹿だなって…本当に…
私のところの兵が遅れていますね。
一番遠いのだから仕方がないのだけれど、「平原」と「森林」の間にあるこの場所には各国の兵隊が集まってきている。
こんなことに何の意味があるのか、無駄でしかない…
『勇者を更なる使命感に奮い立たせ、多くの者の目の前で新たな時代。ホルダーの力の素晴らしさを再確認させるのだ』
解りやすい頭になったキチィ王。
魔王を倒し、自慢の姫を救い出して勇者と一緒にするつもりなんでしょうね…
空が青いわね。
時は来た。
私の軍勢が勢揃いしておるわ。ここにいる全員が新しい時代の生き証人になるのだ。
早くあの小ざかしい魔王を足蹴にしたいものよ…
『勇者よ、そう緊張せずとも自身の力を信じるのだ。間違いなくこの世で最強の力なのだからな』
『はっ、皆様の力を預けてくださったのですから。必ずや魔王を倒してみせます』
『あまりに簡単に倒してしまうのではないかと邪悪なる魔王に同情してしまうわ』
大軍は進む、数人の思惑だけを乗せて。
『』
『それは素晴らしくて、厳しいこと』
セントは黙る。
『小鳥のように自由になりたい』と言ったことに対してヘルは厳しいと言ったから。
『自由ってのはなんでもありって事だ、すべてにおいてな』
俺は口を挟む。
『それでも…私は自由でいたい…』
『』
俺の女の目から涙が一粒…
『泣いているのか、泣かないでくれ。俺がその原因をぶち壊す』
『後悔すんなよ、セント。俺はお前を許さない。俺の女を泣かせたお前を。だけど俺の女の望みを叶えるのは俺の喜びだ。お前に自由をくれてやろう』
『』
『行ってくる…』
涙がこぼれた瞳に軽く口づけて。頭を抱えて舌を絡めて口を吸う。
鎖が伸び闇は口を開ける…
『俺に続け、この世を塗り替える』
なんかゴミゴミしてるな…なんでこんなに群れてきたんだ。
『おい、俺の予定が変わった。けど、一応聞いておく。棄てたか』
何だよ、感じ悪いな。返事なしか…うわっ、あのときの豚あほみたいにニヤニヤしてるな、不味そうだ。
『何とか言えよ。豚、ニヤニヤしていいことでもあったか』
『うるさいわ。いいことはこれから起こるのよ。この間は油断して失態を晒したが…私は貴様に同情してしまっているのよ。かわいそうに魔王』
『ふーん、とりあえず言っている意味がよく解らないが俺の聞きたいことに答えてくれる奴はいないのか。そこの露出多めの女、話しはできるか』
『我々は力を棄ててはいない。これでいいかい』
『解った。豚と違って話しができるのは嬉しいぜ』
『1つ聞いてもいいかい』
『うーん、いいぜ』
『セントは無事なのかい…』
『あの馬鹿な女か…』
『貴様、セントになにかあったらタダではすまさん』
どむぅっ
『キチィ様大丈夫ですか』
土煙が舞う中から盾を構えた勇者が現れる。
『ほう、折角うるさい豚を黙らせようと思ったのに…まあいいや。あの女は俺の女と一緒に待ってる。俺の女があの姫さんに自由をプレゼントしたいって言うからさ。準備しにきた』
『そうかい、よかったよ』
あの盾構えた奴が俺の相手かな。
『勇者よ、邪悪な魔王を滅ぼすのだ』
あれが邪悪な魔王…確かに強い圧力を感じるが、まだ少年ではないか。先ほどの不意打ち、他の王達よりも強いが見切れないほどではない。
『皆様の力を集めた私と戦って無事ではいられないぞ』
キチィ王はさっさと滅ぼせと大きな声で叫んでおられる…
『お前は空に天井を作れるのか』
やたらとよく通る声が私を突き抜ける。
私の意識はそこまでだった。
我々は何も解っていなかった…
最善を尽くせば何とか成ると、ホルダーの力5人分あればどうにか成ると。
自分よりも強い者であれば勝てると…
どうにも成らない、始めからどうにか成るものではなかったのだ。
勇者は倒れた…気がつけば地面に半分埋まっている。
誰も動かない、いや動けない。
『聞け…』
跪く…あのキチィですら言葉を発する事なく跪く…
『全ての意思ある生き物は私の下に自由である』
その声はこの世のすべての人の耳に届いた…新しい時代突然訪れたのだ。
突然告げられた新しい時代に誰しもが驚き、戸惑い、途方にくれた…
目の前に置かれた自由をどうしていいか解らない、解るわけはない、そんな物を持ったことがないのだから。
産まれてから、死ぬまでのレールを自分の意思無く進むしかなかった者たちにどうにかしろと言うのは酷なことだろう。
魔王から出された期限は99日…慌しくそれぞれの国は動き出す。
『100日目にあの変な力を消す為にこの間の5人を呼びに行くから。どこにも逃げ場はねーからな。100日後にまた会おう』
突き抜けるような空を見上げる者は誰も居ない。
それぞれのホルダーは急ぎ国に戻る…残された時間は多くない。
ポントは走る、兵士達にはすぐに号令を出した。
『荒野各地にある部族長達にすぐ集まるように、部族長以外は早く探すんだ。きっとあの魔王が作り出したものならば見ただけで解るはずだ。見つけても手は出すなと伝えろ。急げ、荒野の未来はこの瞬間が勝負だ』
俺達の動きが一番早い。
魔王の話しが本当ならば、各国に創ったといっていたイマジニアと言うモノが今後の国同士での力関係に大きな意味を持つはず。
個の力から、群の力への移行…
そのために俺にできることは何か。1つしかない、荒野の為にホルダーの力を1日でも無駄に使えない。
あの日から3日後、荒野のイマジニアは見つかった。
その前に俺達は立っている。
『中の様子を見てくる。半日たって戻らない場合はコレに関わらない生き方を部族長で話し合うように。では、行ってくる』
王らしく、民を預かる王として。絶対に無駄死にはしない。
ポント様が得体のしれない建物の中に入っていく…
『クロネ、大丈夫だ。真剣な時のポント様は強い、お前もよく知っているはずだ』
『お父様…』
私達は待つだけ、腕に自信のある者だけがここに集っている。
誰も声を発しない。
待つ時間は永い…乾いた風に強い日差し。そんなものはどうでもいい。
きっとここで待つものたちはポント様の無事を想っているはず…
ふと空を見上げる…広い、広いな…
『やべー、やベーわ、ここ。言葉に表し難いけど…軽く死ねるわ、死なねーけどな』
いつもの調子のポント様に全員からほっとした空気が流れ出る。
暫らくしてそれは諦めの空気に変化していく。
『なんか、変な動物みたいのがうじゃうじゃいるわ、一目散に俺へゴーだわ。バーンってやったら肉が残らねーでなんかキラキラしたもん落とすし。まあ、あんなのが落とす肉はノーサンキュウって感じだけどな…』
乗り過ぎだ…こうなるとなかなか止まらない…私は鞭を手に一歩前へ出る。
ピシッンッ
甲高く、空へ響く音
『おっふっ、クロネ。ホルダーでも痛いものは痛いんだぞ』
『皆が困っています。落ち着いてください』
『いやーあんな変なの初めてだからテンション上げ上げだったわ。皆すまねー。段取り組むから集まってくれや』
なにに使うのか解らないがキラキラしたものを集めることになった。
ポント様が先の様子を見ながら無理のないペースで奥へも進んでいく。ポント様の負担を皆が心配したが。
『ホルダーの力が使えるうちに危なくてもできるだけ進めておきたい。荒野がのし上がるのは今しかない。頼む、俺に賭けてくれ』
誰も何も言わなかった。いや、言えなかった。私達にできることは我らの王の気持ちを汲むことだけだから。
『天辺狙って行くぜ』
戦士達の雄叫びが続く。