『嵐の名は…』
『前回の五国会議から3年か』
この3年間ずっとキチィ王の様子が引っかかっていた。
もともとの賢王の時のような表情を見せるときもあるが、あの見た目になってから奴は大きく変わった。自国内ではどうか知らんが我々ホルダー同士の調停に入ることが少なくなり、感心も薄くなっていたように感じていた。
それが前回のあの様子…ただの親馬鹿であればいいが。何か気にかかる。
何を企もうと、ホルダー同士で争うことは無意味なことだ。お互い無事では済まない。
それそれが他のホルダーを何とかできないか考えていることだろう、もちろん私もその1人だ。
それでも大人しくしている、決め手が無いからだ…もし、キチィ王が今の均衡を破る手段を見つけたのなら…
そんな考えも無意味か、そうなればそうなってしまうだけのこと。
『他の者に相談できればどれほど楽か』
無意味な言葉が口から出る。
『ウォルン王、平原の使者が到着。先導の許可をと言っていますが』
『許可する』
平原は美しい国だな。程よい緑に豊富な食料。粗い岩山が殆どのわが国とは違う。
手に入れてみたかった…
愛馬にまたがり1人「平原」を目指す。
道中は暇の一言につきる。ただただひた走り先を急ぐ。
うちの国は他の国に比べれば新しい国だ、もともとどこにも属さない流浪の民の寄せ集め、ホルダー持ちが出るまではただ奪われるだけの存在。
今も取引材料が少ないから俺の力だけで何とか国と認められているだけだ。
だから、同じ力を持っていても下手に出るしかない。もう、奪われない為に…
『今回は「平原」だから、お土産は期待できるな』
ホルダー持ちは全能じゃない、これから起こることなど解るわけなかった。
『今回の五国会議はわが国にとって特別な意味を持つ、手土産は今までの倍用意するのだ。いずれすべの国はこの「平原」の下につくのだからな』
キチィ王は上機嫌だった、巨大な身体を大きく揺らし、女を侍らせ大声で笑う。
すでにこの世の王であるかのように…大きな勘違いは止まらない、肥大し続けるだけ…
『あの姫さんは元気かねぇ』
随分と変わったことをいう子どもだな。
それが第一印象。
あれから良く考えてみると、あの姫さんの言うことも面白そうだと思うようになってきた。ホルダーの力、絶対王者の力。
私はつまらないと感じている、そんなに欲しい物は無いし。別に他のホルダーと張り合いたいわけでもない。
大勢でご飯か…
それでも、あたいはこの国を守らないとね…
『平原は遠いわねぇ…』
運命の五国会議はもうじき始まる。
あれから3年か…
机に塞ぎこみながら先生の言葉が繰り返される。
そう、私は成長できていない。思った自分に成れていない悔しさが絶望が無力な自分が…
外では皆準備に追われているのだろう、いつもは静かな私の部屋にまで微かに音が届いてくる。
今回の会議には一緒に出席するように言われている。
どうせ出席しても何ができるわけでもない。ただのお飾り、いるだけ。
気が重い…
私が何を思おうと時は過ぎる。ただ王の言葉に従うだけしかない。
この3年で私が解ったことの1つ。今ならば先生が止めた理由も、それが解らずに私が先生を死に追いやった事実も過ぎ去った今ならわかる。もう遅い、全ては終わってしまった。
五国会議の日がきた。
『今回の皆への手土産の目録だ確認してほしい』
5人のホルダーと1人の姫。そのうちの4人は手元に置かれた目録に目を通す。
すぐに漏れるのは4つの驚きの声。
『これは何かの間違えではないですか』
『本当に貰えるならありがたいっすけどね』
『間違えてはいない、持っていってくれ。ワシからのほんの気持ちだ』
『タダより高いものはないかと思うが…』
『そうさね。いつものように腹割って話してほしいもんだね』
全員がそれぞれに考えをめぐらす…誰が敵になるのか、どこが繋がっているのか、もしくは何か方法を得たのか…
『がっはっはっはっはっ、そう難しい顔ばかりしていてはいかんな。このまま黙っていても皆が疲れてしまうな。バブエの言うとおりだ、我々に隠し事は無意味』
そう言いながら笑いたい気持ちを抑えながらキチィ王は静かに佇む姫を指差す。
美しい人形のように佇んでいたセントの顔が微かに動揺を見せる。
今全員の視線が一点に集まる。
『我が娘セントには我々ホルダーの力は通用しない。その意味が解るな』
その場の誰も動かない。
しかしこの空間の圧力は急激に高まっている。
比例して驚きと動揺が4人のホルダーを包み込み、誰からとも無く圧力は低下されていく。
『はったりでは無いのだな…』
『その通りだ』
『殺すなら今ってことっすか』
『させんがな。私がホルダーの力をセントに渡せば死ぬのはお前達だけ』
『そうなればあなたは無事ではいられないのでは』
『セントの親である私が無事で済まないだと、笑わせる。セントがいれば私がこの世全ての王よ』
『昔のあんたならそうなったかもしれないね。可哀相な姫さんに同情するよ』
『ふん、他人のお前らに私の娘の何が解る』
姫は身動き1つしないでその両目から涙が止めどなく流れている。
『邪魔するぜ。あんたはこっちだ』
姫の身体は闇に消え。
闇から現れた少年は軽い足取りで机の上に土足で立つ。
『貴様、何者だ私のセントをどこにやった』
少年は鎖の繋がった首輪の位置を直しながら言った。
『この世界では豚がしゃべるのか。なかなか興味深いな』
『ぐうぉぉぉぉぉぉぉこの私を愚弄しおって、楽に死ねると思うなぁぁぁぁ』
怒りと殺気の籠められた片手は少年を貫き、机を粉々に粉砕した…
『おせぇよ。豚』
他のホルダーは覚った、1人では勝てないと…
『俺はあんまり他所に関わりたく無い。一度しか言わないから良く聞けよ』
全員が動かないのを確認して少年は続ける。
『その変な力を棄てろ。俺の大事な女が悲しんでる。あの女の子はちょっと預かる。いいな、一時的に森の奥に居るから棄てたら言いに来いよ。じゃあな』
『待て、お前の名は』
『名に意味は無い。うーん、そうだな魔王とでも呼んでくれ。じゃあな』
温かい…懐かしい感触…
『お母さん』
目を覚ました私が見たのは表情の無い綺麗な女の人、お母さんではなかった…
『ごめんなさい。あなたはどなたですか』
女の人は無表情のまま静かに口を動かすけれど声はでていない。
自分の太腿を軽く叩き私の頭を乗せて撫でてくれる、温かい…気持ちよくて私はただ静かに撫でられ続けた。
不意に私を撫でる手が止まる。
『あー、お前。そこは俺の場所だぞ』
辺りに鎖の音が鳴る…
顔を上げると鎖のぐるぐる巻きに少年の顔がついた物が地面に転がっている。
『そう怒るなよ。悪かったって遅くなったのは謝るから機嫌直せよ』
鎖芋虫が鎖を辿るように近づいてくる、鎖を目で追っていくと女の人の手首にあるブレスレットに繋がっていた。
女の人の手首を見ていると鎖の音がする。
『ああ、動ける』
声の方を向くと首輪に鎖がついた少年が身体を伸ばしている。
『ただいま。寂しかっただろう』
少年は女の人のとなりに座って肩を抱き、頭をやさしく撫ぜる。
2人の甘い空気にどうしていいかわからずに、膝の上から見上げる…
『いいって、お前に頼まれたけれど時間かかった俺が悪いんだから』
『』
『お前に巻かれる鎖なら嬉しいくらいだから安心しろ』
『』
『ん、癖にならないから。大丈夫、ん、そうか忘れてた』
『』
『俺の女がお前に聞きたいことがあるんだ』
この少年は1人で話していた訳ではないみたい。
『あなた達は何者なんですか…』
急に風が巻き起こる、穏やかであった周囲の状況は一変する…
『お前が知る必要は無い』
恐ろしい、身体の芯を引き抜かれるような。いや、一切のぬくもりを感じない眼差しと声に身体が動かない…
『いたっ、なにするんだよ』
『』
温かい空気に穏やかなそよ風。さっきのは幻…
『わかったよ。お前がそう言うなら。名前は』
ちょっとむくれた少年がぶっきらぼうに私に尋ねる。
女の人も私を軽く撫でてくれる。強張っていた身体から力が抜ける。
『セント、セントです』
『ふーん。俺は魔王、こいつは…』
『』
『わかった。ヘルと呼んでほしいそうだ』
魔王って名前じゃないんじゃないかな…