『冒険の…』
私は街の中を見て回る、この国は緑が多くて街をぐるっと取り囲んでいるのが中からでもよくわかる。
キョロキョロしていると不意に声をかけられる。
『今は労働の時間だが何をしている、見慣れない格好だが』
弓を背負ったおじさんが私を怪しがりながら見下ろしている。
『えーっと、お父さんについてこの街に来たんです』
ますます不思議そうな顔をしているおじさんは何かを考えてから更にいろいろ質問してきた。
『どこの国に住んでいるのかね』
『平原です』
『君は仕事をしているのかな』
『いえ、今は勉強中で毎日頑張っています』
『では、すまないが一緒に城まで来てもらえるかな』
どうしよう、まだ森に行っていないのに…走ったら行けるかもしれない。私は今までで一番早く走ろうと全力で走った、でも。走り出そうとした瞬間に私の手は掴まれていた。
『申し訳ありませんが、宿にお戻りください。我らの女王がそしてお父上が困ってしまいます』
私は宿に戻るしかなかった…初めての冒険は失敗に終わった。
場所は森林の城の一室に移る。
表面上は穏やかに、しかし微妙な緊迫感が5人の間を支配していた…
『それぞれの国の取引内容の調整はこんなところでいいかい』
威勢のいい声に他の4人が頷く。
『そういえば、ウォルンさん剣を新調されたのですね。何を切るためでしょう』
ゆったりとした服装の女性が黒い全身鎧に身を包んだ男に問いかける。
『なにが言いたいエン。素晴らしい武具は芸術品と同等の価値があるが…希望があればその身でこの剣を味わってみるか』
『俺の国で揉め事はやめてもらおうか。やるなら自分達だけにしな』
『そうだそうだ、巻き沿いはごめんだね。争いは何も産まないぜ。ね、バブエ女王。まあぁここでやんなら止めもしないけど』
『ポント、あんたどっちに着くきだい』
『どちらにも…だよ』
『やめないか。誰が誰と争っても無事ではすまない。解っているはずだが…』
『キチィ王の言うとおり。我々が争うこと事態が無意味』
一同が口を閉ざしこの場はまた静けさを取り戻すかに思われた。
『バブエ様、ご報告が…』
入ってきた兵士は場の空気と言葉に出来ないプレッシャーに身体を強張らせ、浅い呼吸を繰り返していた。
『何があったんだい。話せるか』
『は、っはい。キチィ王様の姫君を街でお見かけしましたので宿の方へお送りいたしまし…』
報告に来た兵士は口から泡を吹いて気を失った。
『バブエ、わしは宿へ戻る。セントに傷1つでもあればタダではすまさぬ』
4人の王は言葉無く部屋から立ち去るキチィ王を見送った。
『我々の争いを止めた男のすることか…』
『バブエ女王、お姫様に傷がないといいですね』
『やばそうなら、今夜の食事会欠席するんで連絡よろしく』
口々に勝手なことを言っては1人また1人と部屋を出て行く。
残された女王は1人つぶやく。
『前もって兵士に言っておいて良かったよ』
部屋に1人、窓から外を眺める…
街の向こうに見える大きな木々を見つめながら「行ってみたかったな」誰も聞く人のいない部屋で1人呟く。
不意に宿が揺れる…大きな足音が扉の前まで近づいてくる。
『セント、私だ。入ってもいいかな』
少々息が荒いがやさしい口調のお父様を迎えるために返事をして部屋の扉を開ける。
『セント、怪我は無いか。手荒なマネをされていないか』
オロオロするお父様を少し面白いと思ってしまった私は微笑みながら。
『お父様、大丈夫です。怪我もないし、丁寧に宿に案内されましたから』
『そうかそうか、安心したぞ。しかしいったいなぜ外に出たりしたのだ。お前はいずれ私の跡を継ぎ女王となる身。私と一緒に居れば野生の獣も近づかないが、危ないこともあるのだぞ』
『ごめんなさいお父様。古の話の場所が本当に無いか気になったの』
お父様は一瞬驚いた顔をしたが、やさしい笑みを浮かべていた。
『セントの一番好きなお話しを私にも教えてくれないか。今は時間が取れないがそのうち一緒に探しにいけるかもしれないからな』
私は「厳しくもやさしい全能の魔王と心を無くした妃の話」を夢中になってお父様に話した、お父様は最後まで笑顔のまま私の話を聞いてくれた。
『今の話は他の者にしてはいけないよ、いいかいセント』
『なんで、お父様』
『皆が知ってしまったら探しに行けるようになる前に誰かが探してしまうかも知れない』
古のお話のことなのに、お父様ったら。
『わかったわ、お父様ほかの人には絶対に話さないようにする』
『そんな素敵な話を教えてくれたのは誰かな』
『マーロン先生よ』
私は落ち込んだときや上手くいかないときに先生が私のためにいろいろなお話をしてくれること、先生がいつも私にどれだけ好くしてくれているかを話した。
お父様はニコニコしながら話しを聞いてくれた。私の話を聞き終わったお父様は窓の外を見つめ。
『そうか、マーロンか…』
そう呟くとまた私を見て、『今夜の食事会には一緒に行くことにしよう』と言って部屋から出て行った。
それから暫らくして宿から一頭の馬が「平原」に向けて走っていった。
それにしても、まさかセントが勝手に出歩くとはおもわなんだ…間違いなく宿で大人しくしている様に力をかけていたはずだが。
まさか、ホルダーの力が効かない…あるいは私の娘であるからか…
キチィは戸惑いながらもいろいろな可能性を考えていた、その結果は問題ないという結論に至った。
他のホルダーの力に影響されないならばそれは優れた特性となる。私の後を継ぎセント自身がホルダーの力を身につければ、他の者よりも優れた存在になれる。
もし私の力にだけであってもセントが私に何かするとは思えん。今夜試してみるか…
日中は会議を行っていたその場に今は素晴らしい料理が並んでいる。違うのはそれだけではなく大柄なキチィ王の横に座るは小柄な可愛らしい姫。
怒りの形相で出て行った男とは思えないほどの笑みを浮かべている。
『主催、始めにうちの娘を紹介したいがいいかな』
一同の視線がセントに注がれる。
『いいよ。一緒に飯食うのに知らないってのも変な話しだからね』
一同が頷きで同意する。
『私の娘のセントだ。後継者にと考えている…』
『セントと申します』
可愛らしい姫は頭を下げる。
その姿に一同の反応は薄い。唯一笑顔なのはキチィ王のみ…
『しかしキチィ王、我々と一緒の食事などして可愛らしい姫は大丈夫か』
『それはキチィ王が守っているのでしょう、今も苦しそうな様子はありませんし』
『そうりゃそうだよね。普通ならこんなに長く持つわけない』
『まあ、守る気がなければ大事な娘を連れてきたりしないさね。料理が冷めないうちに食べようじゃないか』
会食は始まる、他愛の無い情報交換しか行われないいつもの会食に変化を起こしたのは小さな娘だった。
『お父様、なんで皆様だけでお食事をしているの。もっと大勢で食べれば楽しいと思うわ』
一同は静まり返る…
『セント姫、ホルダーの力というのは意識的に押さえていても周囲を圧倒してしまうものなのだ。我々5人が集まれば、抑えていても、訓練されたものであってもそう長い時間意識を保ってはいられないだろう』
『あなたはお父上に保護されているからこうして普通にしていられるのよ』
『では、皆さんが大勢の人を保護すれば大勢で食事ができますね』
『お姫さん、面白いこと考えるね。いいね、そういうの』
『まあ、大勢の人を保護するのは難しいけどね』
『セント、私達ホルダーと一緒では恐縮して食事の味がわからなくなると思うぞ。今頃は皆も別のところで美味しい物を食べているはずだ』
『お父様のお陰で私は皆さんの中でも美味しい食事を楽しめるのね。ありがとうお父様』
よく肥えた顔をくしゃくしゃにして微笑む
微笑みの中でキチィ王は満足していた、セントからの感謝の言葉、他のトップの反応、何よりホルダーの力に影響されない自分の娘はいずれ五国全てを統治することになるであろうと。
愉快であった、歴史ある我が「平原」が全てを束ねるのは必然、それが私の代でなくとも良いのだ、我が娘がそれを成し遂げる…なんと心地よい。
馬鹿者どもが何も知らずにせいぜい今のうちに楽しんでおくがいい。
小さな姫の初めての冒険は失敗に終わった。
1人心の奥底でほくそ笑むキチィ王、他の国の王は何を思っているのか。
その思いはそれぞれの心の中に…
セントはまだ知らない、ホルダーの存在はどれほどのものか。
そして自分の父親が王であることの意味を…