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『積み石の世界』

人は産まれ、そして死ぬ。


誰もこの仕組みから逃れる事はできない…そう、人である限り…






王を頂点に積みあがる国が五つある。国はあっても国名は無い、それは必要が無いものだから。


便宜上の呼び名はある、あくまで便宜上の話…




西の大平原にキチィ王。


南の大森林にバブエ女王。


北の鉱山脈にウォルン王


東の荒野にポント王


東海上の島国にエン女王



それぞれの国の呼び名は、「平原」「森林」「山脈」「荒野」「島国」となっている。なぜ国名が無いか。




国の全ては王、女王のものであるから。




人は産まれ、そして死ぬ。


この世界では始まりから終わりまで一本道しかないのである。

始まる前から終わっている、そんな世界のお話…






大平原のお城の中庭に1人の少女がいる。


名前はセント、大平原の王キチィの第一子、そしてキチィ王が溺愛していた今は無き第一夫人の忘れ形見。



『ほら、みんなどうぞ。慌てなくても大丈夫よ、いっぱいあるから』


中庭には小鳥達が集い、セントが持ってきたパンをおいしそうに啄ばんでいる。


セントは鳥達が大好きだった、軽やかに空を舞い、美しい声で鳴く小さくて自由な姿が。



鳥達が一斉に空に帰っていく。



『セント、小鳥達を驚かせてしまったかな』

見るからに重たそうな脂肪をその身に纏う大男が中庭に現れる。


『お父様…』

大男は俯くセントの頭を優しく撫でる。


『セント、お前はいずれこの私の後を継ぐのだ。勉学に励むのも忘れないようにな。マーロンが探しておったぞ。そんな顔をするな、次の五国会議には一緒に行くとしよう。勉強ばかりでは気分が重くなるからの』


新しいドレスも用意せんといかんなといいながらキチィ王は城の中に戻っていく。

暫らくすると小鳥達はセントの元に戻ってくる。


『私には無理なのよ…』


そう呟き持っていたパンを小鳥達に差し出してセントは部屋に戻っていく、1人だけ鳥かごに戻る小鳥のように。





セント様はきっとまた中庭におられるのじゃろう…


私には解っている、解っているからこそ中庭に近づかないように捜すふりをしているのだから。


『マーロン、セントは中庭に居たぞ。お前が苦労しているのは解っているがこれはあの子のためでもある。しっかり頼む』


『セント様はお優しい方。きっと王のお気持ちをご理解されていると思っております』


『今は亡き妻も優しく聡明であった。きっとあの子も素晴らしい女王になろう。しっかり頼むぞ』


ゆっくりゆっくり立ち去る王の背中に深く頭を下げ、見送った。


『王はご理解されておりませんよ』

誰にも聞かれることの無いような声で呟く。



私は賢者として、先代の賢者である父の後を継いだ。必死に知識を学び、この役割を果たすために血の滲むような努力を行った。産まれたときは賢者ではないのに、賢者になるべく産まれた自分のことを疑いもせずにいた。


セント様はお世辞にも出来がいいとはいえない、覚えは悪く、要領もけしてよくは無い。ただ、人の何倍も努力している…なのにセント様の能力は一向に向上しない。王の前では誰も言わないがあれが次の女王になるのかと…



しかし、セント様は普通の者とは違う。



『マーロン先生、どうして先生は賢者になったの』


衝撃的だった。まだ幼かったセント様の一言に…なぜ賢者になったのか。私は賢者の家に産まれ、賢者になることに何も疑いを持つことも無く努力を重ね、賢者になった。

賢者になりたかったかどうかなど考えたことも無い。


私はその問いに答えることは出来なかったのだ…豊富な知識を学んだ賢者が幼子のただ1つの質問に答えられない。



殆どの国では全てを世襲するのが一般的である。王は絶対者であり、その定める事柄に異議など認められない。

その家に与えられた役割を果たすことが出来なければ存在意味など無くその家の中で抹消されるだけ。


セント様は本来であれば抹消される存在であろう。そうならないのは王と言う絶対的な力があるからだ。


『私の後継者はセントである』


王の宣言、これは何よりも優先されるべき決定事項。






『マーロン先生、ごめんなさい』

『セント様、いいのです。王も頑張っているお姿を応援されておりましたよ』


しかし目の前の少女の表情は暗く、重い…


『私は頑張っているつもりでも、自分のことは自分がよく解っているのです』


頑張っているつもりではなく、頑張っているのだ。私が賢者になるための努力をはるかに超えて頑張っている。

私の教え方に問題があるのではないかと頭を悩ましたことも一度や二度ではない。


なぜ、優しく、こんなに努力を重ねる者に結果がついてこないのだ。



王以外は後継者について納得している者はごく少数であろう。


『駄目ですね。いや、駄目だからこそもっと頑張らなくては…』


私はこの方の役に立つまでいくらでも悩み、知恵を出そうと思う。






平原のキチィ王は絶対的な力を持ちながらその力を押し付けることの無い優しき王であった。


そう、それはすでに過去の話だった。


優しき王には身体の弱い優しい妻がいた、お互いを慈しむ姿は国民の誇りであり、尊敬を集めていた。

2人の間にはかわいらしい女の子が産まれた。セント姫である。



転機はセント姫5歳の時に起こった。


王にとって、姫にとって最愛の人はこの世を去る。




王は変わった、慈愛賢王の姿は消えうせ、姫への過剰な愛情と期待。寂しさを紛らすように見目麗しい女性を周りに囲い、贅を尽くした物を飲み食いし、失った心の穴を埋めるように喰らっていった。


亡くなったものは戻らない、替わりになるものなどありはしない。




賢い王でも、愚かな王でも国のあり方は変わりはしない、王が絶対者であることには変わりが無い。


王達には力がある、「ホルダー」その力は絶対者の証、現在の国数と同じだけ存在する。



その力と渡り合えるのは同じ力を持つもののみ、世界は5人のホルダーによって支配され、お互いを牽制しあう均衡の中に存在している。




優しい以外に能力の無い王女などすぐに他の者に飲み込まれてしまうのではないか…

そう思っても国を離れようとするものはいない、不安はあっても鳥のように羽ばたくことを考える者はいないのだから。





姫1人には広すぎる部屋に2人だけ。


勉学に集中するためには余計な雑音は不要である。との王の命令の為である。


『今日は復習を行いましょう。姫様が苦手とされている部分ですが重要ですからな』


国の成り立ち、王と重要な役割を持つ家系の世襲制度、上位の者の命令は絶対でありつまり王の意見が国を動かすこと…


『どうしましたか、姫様』

暗い表情で俯いてしまう姫様は静かに顔を上げて私に問いかける、幼き日のように。




『マーロン先生、人は鳥のように自由になることはできないのでしょうか』




私には返事ができない。姫様の真っ直ぐな眼差しを真正面から受け、背中には冷や汗が流れる。

ホルダーを持つ王がいるこの世界で鳥のように自由など、ありえない。考えることも出来ないこれは本能的なものだ。ホルダー持ちに逆らう行為への恐怖。



『わ、わ、私からはお答えする事はできません…』


姫様はまるで恐怖を感じていない、それどころかなぜ自由に出来ないのかと強い疑問を感じている、その思いは大きくなるにつれて強くなっているようだ…




『先生、私が王女になったらこの国をじゆ…』

『なりません、姫様。そのようなことを口に出されてはいけないのです…』


その表情を悲しみに染めていく姫様。


居た堪れなくなった私は奥の手を出す。



『姫様、今日は勉強をお休みして姫様のお好きな古のお話をいたしましょう』

姫様の表情は徐々に明るくなっていく。


『私は魔王とお妃様のお話がいいです』


賢者の家系である我が家の殆どは書庫になっている。その数は数えることが出来ないほど。その中には一般には出回らない禁書やいつ頃書かれたのかわからない書物も膨大な数存在している。

その中には口に出すだけで王への反逆とみなされるような話も多くあった。

私が口にするにも恐怖を感じる話ばかりを気に入られその中でも姫様が一番気に入られた話が「厳しくもやさしい全能の魔王と心を無くした妃の話」。



簡単な内容はこうだ。


むかしむかし。大量の黄金をかき集め、数多くの手下を使い強大な化け物たちを狩り取る男がいた。その男は厳しくもやさしい全能の魔王として人々に恐れられ、感謝されていた。

そんな魔王に強い想いを寄せる少女は風のような魔王をひたすらに追い続け何度も挫けそうになりながらついに魔王を捕まえる。

その時の少女は表情を失い、感情を表すことが出来ない状態であった。


魔王は自分への少女の想いに心を奪われ、深い森の奥で2人だけで永遠の時を過ごしている。


と言う話だ。



『わが国の南、森林の西。この大陸の外れには森林の者でも入れない領域があるそうです。もしかしたら魔王とお妃様はそこにいるかもしれませんな』


この一言が私の運命を大きく変えてしまうことになるとは想像することは出来なかった。


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