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9話 盗み

町に戻り手袋を売っているような店を探しているものの、中々そういったものを取り扱っている所は見つからない。まだ町全体を見回ったわけではないので断言はできないが、この町にはなんでも売っているデパートみたいなものが無いようだ。もし俺がこの町の長になったとしたら、真っ先に分かりやすい所に建てるね。駄目ならコンビニでもいい。

 そう、デパートだけではなく、コンビニでさえまだ見ていないのだ。そもそも、コンビニなんてどこに行ってもあるものだとばかり思っていた。だがどうやらそうでは無かったようだ。この町では、魚を売る人は魚のみを売る。魚"も"売っている店は無い。

 だとするならば、手袋を売っている店は手袋のみを売っているのだろうか。それだけでやっていけるとはとても思えないが。冬は儲かるだろうがよ。


 今更だが、こうして長くなじむと二人で歩いていると思うところがある。なじむの歩幅は、俺よりも小さい。走るスピードは俺の方が遥かに遅いものの、普通に歩くという行為をお互いにした場合、知らず知らずのうちに距離ができてしまう。それなので、俺はいつもより少しだけゆっくりと歩いていた。なぜ俺がなじむの方に合わせて、なじむが俺に合せないんだと少しは思うが、まあいい。


「ねえ、お金はどうするの?」


 ヒヒンだっけか? 馬の鳴き声みたいな名前のこの町独自の通貨を、当然俺達はまだ手にしていない。というか、どんな紙幣、どんな硬貨なのかすら知らない。


「金が無いなら、手袋は盗んでしまえばいい」


 何か売れる物でも持っていればよかったのだが、俺達は今、着ている服以外一切何も持っていない。訳の分からないところで目覚める前、つまりはトラックに轢かれた時、財布や携帯を全て詰め込んだ鞄を投げ捨てて副委員長を庇ったからな。

 かといって、どこかで少しだけ働かせてもらうというのも無しだ。なじむは紋章を隠すためにずっと片手を隠しているので仕事なんて出来るわけないし、なじむを置いて俺一人で仕事をするなんてこともできない。なじむがここにいるのは、俺が守ってくれると信用してるからこそだからな。


「盗むって、前科ついちゃうじゃん! バレたら学校にも親にも絶対怒られる……」


 まだそんなことを心配をする余裕があったとは驚きだな。どんなことよりも命を優先するべきだと俺は思うぞ。


「ま、バレないようにすればいいだけだろ」


 この町を回って思ったのは、この町には圧倒的に機械ってもんが少ない。何せ、家電を売っているところが一つも無いくらいだ。この町に来てから、テレビやパソコン、ましてや電話すら見ていない。おそらく、ここは技術の進歩が少し遅れているのだ。それに、他の町との関わりも少ないのだろう。

 ということは、当然だが監視カメラなんてものも無い。なら、俺が住んでいる家の近くのコンビニで泥棒するよりもよっぽど簡単な気がするね。


「次はこのお店に入ってみよ」


 外からは何が売っているのか分からない、古めかしい木造の店へと俺となじむは入った。


「お」


 見たところ、ここはどうやら上着を売っている店らしい。辺り一面大小さまざまな上着が売られている。服屋なら、手袋がある可能性も少しはあるんじゃないか?

 そう思い周囲を見回すが、やはりこの店も他の店と同じで例外では無かった。四方八方上着のみを売っている。


「また駄目みたいね」


 だな。他の店に行くか……ん?


「おい、そこの服」


 俺が見つけたのは、袖が異様に長い上着だった。たまにアニメでもこれと同じようなのを着ているキャラを見た事がある。


「わたしにこんなダサいの着せる気なの?」


 俺が何を思ったのか察したらしい。


「しょうがねえだろ。手袋のある店見つからなかったんだから」


 手が完全に見えなくなるほどの長い袖は、それはそれで危険がある気はするが、ずっと片手をズボンに突っ込んでいる今よりは安全になるだろう。


「ほんとに、こんなの着なくちゃいけないの……?」


 さすが女の子。こんな状況でもファッションには気を使うらしい。確かになじむの言うとおり、デザインはダサい。全体が派手なピンク色で、真ん中には大きなゾウみたいなのがプリントされている。


「でもお前、何着ても似合うんじゃねえの。顔は別に悪くないんだし」


 ダサい服を着ている可愛い女の子の方が、可愛い服を着ているブスよりも何倍も可愛い。というか、可愛い子はダサい服を着ていても、ダサ可愛いなのだ。だが逆にブスが可愛い服着てると、ただの調子に乗ってるブス。

 世の中は残酷なのである。イケメン、美少女は生まれた時からカースト上位者なんだよ。美人には美人の辛いところがあるなんて言うやつもいるが、そんなのブスに比べたら全然大したことないね。ブスなんて辛いことしかないもの。


「あんたは、わたしにこれが似合うって思ってるってわけ?」


「俺が着るよりはな」


 言ってから、しまったと思った。何を意味の無いことを言っているんだ俺は。

 もう少し気を利かせて「とっても似合うよ。それを着れば男子にモテモテ間違いなしだね!」とでも言ってやれば、これにする気になったかもしれないのに。


「ふーん、じゃ、これでいい。さっさと盗みなさいよ」


 あれ? なんか思ってた反応と違うな。まあいつまでも片手を隠したままなのも辛くなって来たんだろう。


「じゃあなじむ。ちょっと店員さんと話しててくれ」


 この店には、見たところ従業員らしき人は若い女性一人だけだ。ならば。


「その間に盗むってわけね。はぁ……、これでわたしも共犯者か」


 そもそもお前の服なんだぞ、これ。守って欲しくなかったら別に盗まなくてもいいのよ? その代わり殺されても知らないけどな。


 なじむは共犯になることを受け入れ、俺の言うとおり店員さんと話を始めてくれた。どんな話をしているのかまでは聞こえてこない。


「よし、じゃあこの間に」


 なるべくソワソワせずに、店員さんに背中を向けながら目当ての上着を一着抱きかかえると、そのまま足を進めて店の外へと飛び出した。


「ふぅ……」


 これで一安心。なんだ、泥棒って簡単なのね。こりゃ世の中から泥棒が減らないわけだ。俺も将来泥棒になろうかしら。


「あんた! バレたから走って!」


 出てくるなじむを店の外で待っていると、なじむは勢いよく店から出て来た。慌てた様子で俺の手を引っ張る。


「バレた? なんで?」


 完璧だったじゃん、俺の盗み。


「あんたソワソワしすぎなの! 誰が見ても何かしてるって分かるっての!」


「マジ?」


「大マジ!」


 全然ソワソワしてないつもりだったのにな……。俺にはどうやら泥棒の素質は無かったらしい。将来は普通に働くことにします。


「いいから走るよ!」


 なじむの背後を見ると、鬼のような形相で店員が鼻を鳴らしていた。相当怒っていらっしゃる。もちろんこの場で悪いのは俺の方で、店員さんが怒るのは当たり前だ。

  

 にしても、また走るのかよ。一体何回走ればいいんだよ。これだけ走ったらそろそろサライが流れてきてもおかしくないんじゃないの。

 そう思っても、走らないわけにはいかない。今回は命の危険こそ無いものの、捕まったら何をされるか分かったもんじゃない。


 なじむとともに、俺達は街の中をぐるぐると走り続けた。

 すると――


「ちょっと失礼」


 絵に描いたような高身長のイケメンに、俺達は呼び止められた。なんだ? こっちは急いでるってのに。


「落ち着きなよ。ちょっと君達に話があるんだ」


 話? 俺達は今それどころじゃ――


「君達の秘密を知っている。と言えば、話を聞いてくれるかな?」


 俺達の、秘密を――?

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