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8話 信用

「ここまで来れば、もう安心だな」


 背後を振り返ると、もう町は随分遠くに見えた。

 俺となじむ、いや、なじむは再び襲われた。あの時の爺さんと同じだ。なんとか逃げ切ったものの、まだ動揺は収まっていない。

 これは偶然なのか? いや、こんな偶然はあり得ない。二日続けて命を狙われるなんてのは、賞金首くらいだ。

 今俺となじむは、町を出て草原の中にいる。今度はなじむの腰が抜けるようなことはなかったものの、酷く怯えていた。一生もんのトラウマになってもおかしくないだろう。


「うっ……。ひっぐ……」


 体育座りで涙を止めることなく流し続けているなじむを、ただただ見やる。いくら仲の良くない妹と言えども、家族が泣かされて黙っていられるほど俺は薄情な男では無い。


「大丈夫か?」


 出来るだけ優しく、俺は声をかけた。


「……大丈夫」


 ポツリと妹は小さく答えた。


 この後、どうするか。

 いつまでもここで立ち止まっているわけにもいかないだろう。


 今更ながら、自分が服を着ていないことに気づいた。俺が風呂に入っていた途中に襲撃にあったため、服を着る時間が無かったのだ。こんな大きなことに気づかないなんて、それだけ俺も必死だったんだな……。

 と言っても、服を持っていないわけではない。幸い服は風呂場のすぐ近くに脱いであったため、襲撃にあった直後、ほぼ無意識的に掴んでいた。

 俺は持っていた服一式を着ると、溜め息を一つついてから妹の隣に腰を下ろした。

 

 結構な距離を走ったし、爺さんの襲撃の時と違い空は明るいのであの男が再び攻めてくることは無いと思いたい。


「ね、ねぇ」


「どうした?」


 まるで人に飼われたばかりの兎のように体を震わせたなじむに、俺は聞いた。


「あんたさ、さっきもわたしのこと助けてくれたよね」


「そういやそうだったな」


 なじむが襲われそうになった時、俺はあの男に体当たりをして、なじむを先に逃がした。あの時は必死だったさ。包丁持った相手に突撃なんて、そんな簡単に出来るもんでもないと思うね。


「やっぱりあんた……いや、なんでもない」


「なんだよそれ」


 言いたいいことがあるなら言って欲しいが、怖い目にあったばかりのなじむを追及するなんてことはさすがにしない。


「またわたし、襲われちゃうのかな」


「可能性は、あるかもな」


 二度あることは三度あるというし。


「どこ行っても、襲われちゃうのかな」


「それなんだが」


 俺は一つ、思い当たる節があった。なじむが襲われた原因、それは――


「なじむの手の紋章、それを見た瞬間、爺さんもホテルの男も反応したのは覚えているか?」


「そういえば、そうだったかも」


 爺さんはこの紋章を知っているようだったし、あのホテルの男は紋章を見た瞬間、俺達が入室することを許可した。


「それ、知らない間についてたんだっけか?」


「うん」


 となると、この訳の分からない場所に目覚める前に誰かに勝手に付けられたってわけか? 一体何のために。


「それがお前が狙われる原因で、恐らく間違いないと思う。まあ本当は後一人くらい試してみたいところだが、そんなわけにはいかないよな」


「当たり前でしょ。殺されちゃうかもしれないんだから」


 今までは逃げられたけれど、また逃げることが出来るとは限らない。もうあんなに一生懸命に走りたくないしな。


「じゃ、手袋でも手に入れるか?」


「それで手を隠すってこと?」


「ああ」


 別にずっとポケットに手を入れて行動するってのでも構わないのだが、色々不便だろうしな。


「ということは、あの町に戻るんだよね?」


「あそこ以外に町を知らないからな」


 またあの男に出会ってしまう可能性もありうるしかなり危険だが、手袋を手に入れるなら行くしかない。


「うぅ……」


 なじむはやっぱり行くのが怖いようだ。そりゃそうだよな。


「とりあえず、あの町では手袋を手に入れて他の町の場所を聞くだけだ。そんなに長く滞在するわけじゃない」


 もっとも、手袋を見つけるのにどれだけ時間がかかるかは分からないが。


「ねえ」


 顔を俺の方に向けず、どこか遠くを見ながらなじむは話しかけた。


「なんだ?」


「あんた、絶対にわたしを守ってくれるって約束してくれる?」


 耳をよく澄ましていなければ聞こえないくらい小さな声の問いかけに、俺は戸惑う。なんだその質問は。ただまあ――


「そんなこと。今までの行動見てれば分かるだろ」


 こいつはとんでもなく憎たらしい妹だが、それでも家族だ。家族ってのは助け合うもんだろう。恥ずかしくて、直接そんなことは言えないが。


「なら、いい」


「いいって?」


 駄目とも良いともとれる発言で、どっちの意味で言ったのかが分からない。


「またあの町行く」


「そうか」


 てっきり、「行かない」とか「あんた一人で行ってきて」とか言うもんだとばかり思っていた。だって、あんな怖い目にあったばかりだ。今でも怖いに決まっている。それでも、なじむはあの町に行くと決心してくれた。


「でも、なんで行くって踏ん切りがついたんだ?」


 死にかけた町だし、そう簡単に決心できる問題ではないはずだ。きっと色々な葛藤を経て、その答えに辿り着いたのだろう。なら、その決定打はなんだったのか。なじむを前に進ませる為に背を押したものは、なんだったのか。


「あんたが、いるから」


「え? なんて?」


 あまりにも小声で聞こえなかった。


「あんたがいるからって言ったの!! あんた、一応信用できるみたいだし」


 今度は遠くまで聞こえそうな大声で、早口でまくし立てた。


「そ、そうか」


 なじむの口から信用できるとか言われると、なんというかムズムズするな。だけど――


「任せとけ」


 ムズムズするが、決して嫌な気持ちじゃない。

 さて、じゃあ信用に答えるためにも、兄としてしっかり守らせていただくとするよ。たった一人の、生意気だけど大事な妹をな。

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