7話 ホテル
ベッドは一つだけで風呂のガラスはスケスケで中が丸見え、おまけに何やら全体的にピンクの色合い。
「ふむ」
ラブホに来たのは人生初めてだが、なんというか予想通りの部屋だった。
「ちょっとあんた、変な気起こしてるんじゃないでしょうね」
確かにこういうところに来れば男ってのは変な気になるのが普通だろう。だが――
「お前と俺は血が繋がっているんだぞ? なんでそんな気を起こさなきゃならん」
「何それ、血が繋がってるとか関係ないでしょ?」
いや、どんなことよりも関係あると思うんだが。むしろ血が繋がってなければ――いや、血が繋がっててもこんな性格の女は嫌だな。女は見た目より中身が大事だ。
「それで、分かってるとは思うんだけどわたしお風呂入りたいんだよね」
「入ってくればいいだろ」
なんだ? 風呂の場所に気づいていないのか? あんなに分かりやすく見えているのに。
「あのさぁ、あんな丸見えのお風呂、わたしが入れると思う?」
いや、入れるだろ。俺はお前が入った後に入る気だぜ? なんだかんだで風呂に入ることで疲れはかなり取れるだろうからな。
「出てって」
「は?」
「鍵を置いて出て行って。お風呂出たら鍵開けてあげるから」
そんなこと言われて、出て行くわけ――
追い出された……。
あれよあれよという間に追い出されてしまった。妹より力の弱い兄、情けなさすぎる。
「はぁ……」
なんというか、なじむは一々気にしすぎだ。こんなわけのわからない事態に巻き込まれてもなお、俺がエロいことするかどうかなんて普通気にするかね。
落ち着ける状態になると、より今の状況のおかしさに眩暈がする。トラックに轢かれたら突然知らない場所にいたなんて、夢じゃないとは分かっていても、夢では無いかと疑いたくなるね。
人は順応する生き物だというが、順応するのが先か、帰るのが先か。出来れば前者にはなって欲しくないが。
ここに来る前のことを走馬灯のように思い浮かべていると、ガチャリと小さな音がして、背後から刺々しい声で「入れば」と言われた。
「へいへい」
なじむに許可をもらったので、部屋の中へと入る。
なんだ? 随分と甘ったるい匂いがするな。まさか、これはなじむの匂いなのか? まあなじむも女だからな。女みたいな匂いをさせていてもおかしくない。
「次はあんたが入るんでしょ、早く入れば」
「言われなくてもそのつもりだよ」
髪をタオルで拭いたままそう言った。チラリと見えた脇がエロ……そんなわけがない。相手は妹だ。
だがなんというか、濡れた髪というのに興奮するのは俺だけだろうか。相手が妹でなければ、襲っていた可能性も無きにしもあらず。
「何エロい目で見てんの、死ねば」
ついさっき命の恩人と化した相手に向かって言う言葉だろうか。俺だったらむしろ「私より長生きしてね、お兄ちゃん」とでも言ってみせるね。語尾には常にハートマークで。いや、それは普通にキモいな。
「お前は外に出ないのか?」
これから俺が風呂に入ろうというのに、なじむに動く気配は無い。
「何? わたしに見られると嫌なの?」
別に嫌じゃないが、なんとなく不平等な気がするんだよ。俺なんかおかしいこと言ってるか?
「あんたのお粗末なもん見ても何も嬉しくないっての。ほら、さっさと入ってきな」
なんで俺が粗末だって決めつけてやがるんだ。なんなら見せてやろうか?
「ま、外に出ないなら出ないでいいけどよ」
どうせここにいるのはなじむだけなので、躊躇なく全身の服を脱ぎ棄てると、風呂場へと入った。
なんか、脱いで早々なじむの視線を感じるんだが。なんなんだあいつは。
まあいいか。
軽く体を洗い、俺は浴槽へと入った。
「ふぅ……」
疲れが一気にとれていくのを感じる。やっぱり風呂は良いな。
なんとなくなじむの方を見てみると、俺にバレないようにチラチラとこっちを見ていた。そんなことやってもバレバレなんだが。
まああれだな。たとえ嫌いな兄だろうが、異性の体ってもんに興味がある年頃なんだろう。
ぼーっと風呂に入っていると、なんだか眠くなってくる。って、いかんいかん。こんなところで寝ては。
ガチャリ。のんびりと風呂に浸かっていると、鍵が開いた。おかしいな、鍵は閉めておいたはずなんだが。
入ってきたのは、先程受付を行った男だった。なんだ? ルームサービスでもしに来たのか?
何やら手に何か持っているな。あれは、ん!?
あれは包丁だ。間違いない。ということはまさか――
嫌な予感は的中した。
入ってきた男は、あの時の爺さんと同じように手にした包丁をなじむに向けた。
なぜだ! なぜこの男までなじむを殺そうとするんだ!?