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6話 運

 どれくらい歩いただろうか。

 なじむと二人で、何歩も何歩も歩いた。この方角にはもうずっと町なんて無いのではないのか。何度もそう思ったが、それでも信じて歩き続けた。そして――


「こ、ここ!」


「ああ、間違いない!」


 町だ! 今俺達は町に着いたんだ! 良かった。本当に良かった。

 町の外からでさえ、何人もの人がいることが分かる。もうあの爺さんのようなおかしな人もいないだろう。


「とりあえず宿行こう宿」


 色々見て回りたい気もするが、まずは何歩も歩いた疲れをゆっくり休んで取りたい。


「えー、また寝るのー」


 お前はぐーすか寝てただろうが俺は全く寝ていないんだぞ。まあ今だって寝られるとは思えないんだが。


「というか、宿は別に寝るだけのところじゃない。もちろん飯が出るところに行く予定だし、それにお前風呂入りたがってただろ? 宿に行けば大抵風呂くらいある。俺は別に風呂なんか入れなくてもいいが、なじむが入りたいなら行かなきゃな」


「あ、あんた、わたしのこともちゃんと考えてたのね......」


 一瞬だけ、なじむの表情がいつもの不機嫌なしかめっ面ではなく、嬉しさで微笑を浮かべているように見えた。まあどうせ気のせいだろうが。こいつ俺の前じゃ絶対に笑わないからな。家に友達呼んでる時はずっとニコニコしてやがるくせに。


「ま、さっさと探そうぜ」


 なんてったってここは町だ。宿の一つや二つくらい簡単に見つかるだろ。



 ……全然見つからなかった。

 というかこの町広すぎる。とても一日で回れるような広さじゃねえ。

 それでも俺達は諦めずに探し続け、ようやく一つだけ見つけた。見つけたのだが――


「あんた、ここに入る気じゃないよね?」


 せっかく見つけたというのにこの態度。だが今回ばかりはなじむの態度は正しい。なんてったってここは、男と女が交わる為に用意されている建物、ラブホテルだったからだ。

 外観は普通だった。だが、中から出てくるのがイチャイチャした男女ばかりなのを見れば、そこがラブホテルであることくらい誰でも分かる。


「もしかしてあんた、わたしとそういうことがしたいわけ? さいてー」


「なわけねーだろ!」


 どこに実の妹とそんなことしたい兄がいるんだっつの! 


「じゃあさっさと他の場所行こうよ。早く見つけたいでしょ?」


「そうしたいところだがよ。お前、これから先他に見つけられると思うか?」


 たくさん探し回って、唯一見つかったのがここなんだ。俺はもう探せるとは思えないね。


「うっ……。だからって……」


「ま、ここだって必ずしもそういうことをする人だけしかいないなんてことも無いだろ。ほら、行こうぜ」


「くぅ……。もしなんんかしたら絶対殺すから」


 するわけねーだろ。お前とやるくらいだったら、まだ男とやった方がマシだね。いや、マシか? さすがに男とやるのだったらなじむの方が……。って、何変な二択で悩んでるんだ俺は……。


 何度もカップルとすれ違いながら、俺達は建物の中の受付の人がいる場所へと来た。


「すんません」


 受付の、俺よりは年上だが少し若いお兄さんに話しかける。


「はい、ただいま開いているお部屋にご案内いたします」


 どうやらすんなり入れてくれるようだ。俺はともかくなじむはどう見ても18歳未満なのに。

 そのなじむはと言えば、ホテルに入ってからずっと左腕で顔を隠していて声一つ発さない。どうやら俺と一緒にこういうところに来てしまったという事実をよっぽど受け入れたくないらしい。でもななじむ、顔を隠している方が余計目立つんだぜ? 俺達今注目の的だよ。


「では、こちらが鍵になります。当ホテル、何時間でも料金は変わらないシステムでして、先に料金を頂きたいのですがよろしいでしょうか?」


 料金だと?

 やばいな、一銭も持ってないぞ。俺は普段携帯や財布は全て鞄に入れて持ち歩いているのだが、その鞄はトラックに轢かれて目が覚めた時には持っていなかった。


「おいなじむ。お前金持ってるか?」


 俺に聞かれ、なじむはフルフルと首を振った。

 おいおいどうすんだよ、金が無かったら泊まれるわけがない。何故いままでこんな当たり前のことに気づけていなかったんだ。


「ちなみに、おいくら?」


 たとえ一円だろうとも払えないことに変わりは無いのだが、一応聞いておく。


「はい、当ホテル、300ヒヒンとなっております」


「さ、300ヒヒン?」


 ヒヒン? どこの通貨だそりゃ。そんな馬の鳴き声みたいな通貨聞いた事が無いぞ。

 円じゃないとなると、ここは日本じゃないのか? いや、俺達は今日本語を使って会話をしているしそんなはずはない。

 じゃあなんだ? この町は日本なのに独自の通貨を使ってるのか? なんだそれ。


「どうしました?」


 いつまでも金を払わない俺達を不思議に思ったのか、男は首を捻る。


 はぁ……。金が無い以上ここにいるわけにもいかないし、出て行くか。なじむは怒るだろうが、今日もまた風呂には入れない可能性が高いな。というか、それ以前に空腹をどうするか。

 いつまでもここに立っていても仕方がないので、ずっと顔を覆っていたなじむの左手を掴んで、出口へ行こうとすると。


「お客さん。ちょっと待ってください」


 なんだ? もうここに用は無いんだが。 


「その、彼女さんの手を見せてもらってよろしいですか?」


「ああ、その紋章っすか。分かりました」


 どうやら俺がなじむの手を引っ張ったことで手の甲が見え、紋章が見えたようだ。

 まあ普通の人の手にはこんな紋章ついていないだろうし、興味を持ってしまう気持ちは分かるぜ。

 

 俺は、黙ったままの妹の手を男に差し出した。


「こ、これは……」


「なんだ? 何か知っているのか?」


「い、いえ。あ、そうだ! あなた達はちょうどご来店10万組目のお客様でした。なので料金は構いません。ささ、この鍵を受け取ってください」


 なんだなんだ? 突然男の態度が変わったぞ。

 よく分からないけれど、タダでいいなんてラッキー。


「あんた、いつまで手握ってんの?」


「あ、ああ。ごめん」


 ホテルに来てから初めてのなじむの声を聞いて、慌てて俺は手を離した。

 まあ何はともあれ、ツイていたな。俺達は受け取った鍵を持って、鍵に書かれていた番号の部屋へと向かった。

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